Interview
「サイバー犯罪」をどう裁く?
刑法×民法で議論する情報トラブルの最前線
千葉大学大学院 社会科学研究院 教授
西貝 吉晃 先生
きっかけは「Winny事件」
理系学生が「新しい技術」を守るため法学の道へ
例えば、あなたがとても便利な新しいソフトを開発したとします。そして、もしそれが誰かに悪用され、著作権を侵害することに使われたら・・・あなた自身が罪に問われることはあるのでしょうか? これは、私が大学院生だったときに起こった事件です。「Winny」というファイル共有ソフトを開発して公開した人が、他人の著作物の違法コピーを助けたとして、著作権侵害罪の幇助(ほうじょ)犯として逮捕・起訴されました。この報道を見た私は、「技術を悪用した人が罪に問われるのは分かる。でも、ただ作って公開しただけで処罰されるのはおかしいのではないか?」と感じました。そして、技術の発展を萎縮させないためには、法制度はどうあるべきか、弁護士になることで法制度の変革に寄与できるのではないか、そのような思いが生まれたのです。当時の私は、コンピュータを専門とする理系の大学院生でしたが、そこから法科大学院に進み、弁護士を経て、刑法学者として大学で研究するようになりました。
「不正なプログラム」とは何か?
曖昧な定義に挑む「情報刑法」の議論
私が研究しているのは「情報刑法」と呼ばれる分野です。具体的には、コンピュータ・ウィルスや不正アクセスといったサイバー犯罪、営業秘密や著作権などの知的財産権の侵害、ネット上の誹謗中傷に関連する「名誉毀損罪」や「侮辱罪」などの研究に、情報に関わる様々な問題に刑法の観点から、国際的な状況も踏まえて取り組んでいます。 例えば、コンピュータ・ウィルスを処罰したい場合、法律にどのような条文を作れば良いでしょうか?「不正なプログラムを作成・使用したら処罰する」という条文でも良さそうですが、「不正な」とは、どう定義されるのでしょうか?このような抽象的な条文では、何が不正かわかりにくく、エンジニアの方にとって技術開発が怖くなってしまうかもしれません。そこで、より具体的な内容を持つ条文を作るべきだと言えます。このあたりのちょうど良さ、というのはサイバー犯罪に関する議論を勉強しているだけでは足りず、刑法の基礎理論を学ぶ必要があります。また、知的財産権の侵害や名誉の保護といった議論は、民事事件として処理されることが多い問題であり、刑法と民法の関係を理論的に探究することも欠かせません。
既存の法解釈だけにとどまらない
新たな理論を作る「クリエイティブ」な挑戦
刑法の研究では、過去の判例に対して、批判的かつ建設的な議論を加えることで、裁判所が作ってきた規範をアップデートすることが多いです。私も「Winny」事件をきっかけに、「犯罪を助ける『幇助』とは、どのような行為か」を検討しました。裁判所の解釈の内容を探究すること自体も楽しい作業ですし、「今後、どのような行為が『幇助』犯として処罰されるのか」を明確にし、一般の方に広く示すことは、社会的意義も大きく、やりがいを感じます。また、「情報刑法」という分野は、まだまだ議論が少なく未開拓な領域も多いです。そこで私は、技術の議論や記号論といった他分野の議論も参照しながら、一定の理論を構築することを目指しています。そもそも「情報」とは何なのでしょうか?「データ」とは何が違うのでしょうか?意味がわからなければ、法の中で上手く扱えません。ですから、こうした一見すると法学以前のような問いにも、あるべき法規制を考える際の羅針盤の1つになり得るものとして、丁寧に取り組んでいます。これは、既にある条文の意味内容を明らかにする「解釈論」にはもちろん、新たな条文をどのように作っていくべきかを考える「立法論」と呼ばれる議論にもつながっていきます。こうした作業は、とてもクリエイティブなものであり、工学出身の私にとって、とてもわくわくするものです。
西貝先生からのメッセージ
大学生の間は、自分が好きになれるものを見つけることが仕事だと考えて良いでしょう。ただし、「基礎体力」が足りないと、それが本当に好きなのか、自分に向いているのかさえ、わからなくなってしまう恐れがあります。例えば法学でも、「aかつbならばc」といった形式論理の理解や、ベン図の扱いなど、数学的な基礎知識は必須です。こうした基礎は、大学に入ってから身につけ直す機会がほとんどありません。なぜなら大学では、それらを活用しながら、自分なりの方法論で課題に取り組み、改善しながら成果を出す、というサイクルが求められるからです。そこでは、自分に対する自信も必要になります。だからこそ、高校生のうちに、何かをやりきる達成感や、自分に適した勉強法などを得ておくと良いでしょう。大学では、学生全員に「やりたいことに取り組む主体性」が求められます。今のうちに、基礎体力をしっかり身につけ、主体性の芽を育てておくことが重要です。
千葉大学 大学院社会科学研究院・法政経学部
千葉大学大学院専門法務研究科
https://www.lawschool.chiba-u.jp/
千葉大学の特集ページ
https://www.cn.chiba-u.jp/researcher/nishigai_yoshiaki/
千葉大学大学院_西貝 吉晃先生
https://www.le.chiba-u.jp/graduatesschool/member/nishigai.html










