Interview
誤解だらけの生き物「菌類」
95%が未知の世界に挑む
弘前大学 農学生命科学部 食料資源学科 教授
田中 和明 先生
菌類は細菌類とはちがう、変幻自在な生き物
私は菌類の分類について研究しています。植物に生息する菌類を野外から採集し、培地上でうまく育て、その形態を観察します。DNAを抽出して塩基配列データを取得し、さまざまなデータをもとに新種かどうかを判断します。新種と確認できた場合は、学名を付けて論文として公表します。分子系統樹(塩基配列の違いをもとに生物の進化の近さを表した図)を作成することで、菌の進化に沿った分類体系の構築も目指しています。
菌類と聞くと、大腸菌や納豆菌のような細菌類と混同する人がたくさんいます。しかし、菌類(真菌類)は細菌類とは全く異なる生き物です。一般的には「キノコ・カビ・酵母のなかま」とも呼ばれますが、これらはそれぞれ単一のグループではありません。自然界でキノコとして観察されていた菌が、別のステージではカビの状態で生育していることもあります。カビのように見えたものが、実験室で培養すると酵母になることもあります。環境に応じて変幻自在に姿を変えるのが菌類です。キノコを植物の仲間だと思っている人も多いようですが、菌類は植物よりも動物に近い生物です。菌類というのは、誤解だらけの生き物といえるかもしれません。
農業も医学も支える菌類、でも95%以上が未発見
この研究を始めたきっかけは、大学で受けた「植物病理学」という講義でした。植物も病気になるということを初めて知り、大きな衝撃を受けたのです。
農学的な観点からすると、菌類は植物に病気を引き起こす病原体として重要な存在です。病気などで作物の生産量は約30%も減少しますが、その植物病原の8割近くを占めるのが菌類です。一方で、薬のもとになる物質を生産する菌も存在します。アオカビ属の菌から発見されたペニシリンは「近代医学の大革命」とも呼ばれ、人類の感染症との戦いに希望をもたらしました。私が整備している菌株のコレクションからも、化学者によって多くの新しい化学物質が得られています。
このように良くも悪くも人間の生活と深く関わっている菌類ですが、95%以上はまだ見つかっていないと考えられています。菌学が1729年にスタートして以来、300年近くが経とうとしています。しかし私たちが把握できている菌はごく一部に過ぎません。この研究分野には、膨大な未知の世界が広がっているのです。
研究の面白さは、分からないことが増えていくこと
大学教員は専門分野のことを何でも知っているはずだ、と思われるかもしれません。しかし私はそうではありません。研究すればするほど、分からないことが増えていきます。それがこの仕事のストレスでもあり、面白みでもあります。学生と一緒に提唱した新しい分類の考え方が、他の研究者にも受け入れられ、新たな知見が加わることで理解が急速に深まっていく感覚は、新しい世界を作ったような面白さがあります。
菌学の分野では論文が長く参照され続ける可能性があります。研究分野によっては、5年前の論文でも古くなってしまう場合があります。しかし菌学では、50年後・100年後でも、未来の誰かが私たちの論文を読み引用してくれるかもしれないのです。たくさんは引用されなくても、それがこの研究分野の魅力の一つだと感じています。
田中先生からのメッセージ
大学選びでは、「大学名」を重視する人が多いかもしれません。もちろんそれも大切なポイントですが、大学にはそれぞれ異なる専門分野の教員がいて、学べる内容にも違いがあります。とはいえ、「何を学びたいか」を高校生のうちからはっきり決めている人は、実はそれほど多くありません。現実的には「自分が入れそうな大学」を基準に考えることも、よくあることでしょう。反対に、「これしかやりたくない」と最初から決めすぎる必要もありません。大学でさまざまな講義を受けるなかで、自分の興味の方向性が新しく形作られていくこともあります。固定的に考えすぎず、学びながら興味を広げていく姿勢が大事ではないでしょうか。










