Interview
「声なきものの声」を聞き、日常の「あたりまえ」を問う
弘前大学 人文社会科学部 教授
山田 嚴子 先生
日常の「あたりまえ」を問う?
私の専門は、「民俗学」です。「民俗」とは、地域や小集団において形成されてきた習慣的な行為や表現・心意を指します。日ごろ意識されることの少ない慣習的な行為やことばを相手とコミュニケーションしながら聞き書きすることを通して、人間の生き方を深いところで決定していく集合的な文化を明らかにするのが民俗学の目的です。また、その過程を通じて、自身が育ってきた生活文化を振り返ったり、違う生活文化で育ってきた相手の行為や発想についての理解を深めたりします。日常にある「あたりまえ」を問うこと。これが民俗学の基本です。
私の研究室では、人々が生活する現場に行って、そこで学生達が直接話を聞いたり、地域の行事に参加したりします。民俗学実習では、調査地を決めて 2年間その土地に通い、地域の人々と協同しながら報告書を作成します。民俗調査から帰った後で、「自分の故郷が新鮮に映った」と語る学生も少なくありません。
研究のやりがいと面白さ
――東北各地に伝わる「オシラサマ」とは?
今の社会にある様々な問題について、その時々の主流ではなく、オルタナテイブ(もうひとつの)な道を示すことが民俗学の存在意義だと考えています。現代では、誰もが自由に発信できるようになりました。けれども、その中でも相対的に「小さい声」とされる声があります。そのような声はなぜメディアに載りにくいのか、その声はどうやって聴くことができるのか、そうした問いを持ち続けながら研究を続けています。「地域創生」や「地域の資源化」などの問題を考える際にも、民俗学的な視点が必要です。
私個人としては、一人ひとりの人間の語りや行動に焦点を当てて、「民俗」がどのように生まれ変容していくのか、そのプロセスを解明することに強い関心を持っています。
具体的な例を挙げると、津軽地方には「オシラサマ」という民間信仰があります。この信仰では、ある個人がオシラサマの夢を見たり、体調不良に見舞われた後、特徴的な桑の木と出遭ったりする経験を「授かる」と言い、それをきっかけにオシラサマを祀り始めるケースが多く見られます。この「授かる」経験から、実際に祀る行為(祭祀)へとつながっていくまでの一連の流れを追っています。
聞き書きでは地域の人々から直接話を伺いますが、その際には、その人が体験したことをどのような言葉で表現し、どう語っているのかという点に注目しています。同時に、その人の情報環境やどんな人間関係のネットワークの中にいるのか、といったことにも注意を払っています。
あと、「お話」が好きなので、語り手の声や、語彙や語りのリズム、デティールなどにも心惹かれます。
民俗学に向いているのは、「遠回りができる人」
その時々の主流とは違う、「もう一つの」道を示すのが民俗学なので、権威主義的な人や回り道や無駄が嫌いな人には難しいかもしれないです。
民俗学の仲間から「フィールドで出遭う人はみんな『先生』なんですよ」と教わりました。はじめから「先生」がいるのではなく、私たちの話を聞く姿勢が相手を「先生」にしていくのです。また、相手から話を聞くという行為は、相手の時間を奪う、「迷惑」な行為でもあります。そのことが分かることが、フィールドに入る最初の資格だと言えます。
恩師からは「隣に座っている人より自分の方が優秀だと思うような人は、民俗学はおやめなさい」と教わりました。なぞかけのようなことばですが、今でも思い返します。
「なぞ解き」に魅了された学生時代
中学生の頃、「なぞ解き」が好きで、マザーグースの歌詞の通りに殺人事件が起こる推理小説を読んでいました。ところが、殺人事件のなぞは解けても、マザーグースの歌詞の意味は解けません。「殺人事件の犯人より、歌詞の方がなぞだわ。」と思ってマザーグースの本も読み始めました。マザーグースは作者の分からないイギリスの伝承童謡で、伝わっていく過程で歌詞の意味が分からなくなり、諸説あって注釈書もたくさん出ています。それが面白くて、「伝承」に関心を持ちました。
受験勉強については、あまり褒められた受験生ではなかったので、高校の同級生が読まないことを祈るのですが(笑)、辞書を何度も引くとか、集中して読む、とか、文脈が取れるように読んでいく、といった積み重ねは、ものを考える上での筋トレみたいなものかな、と思います。また、小論文用ノートを作って、気になることを日頃からメモしていました。日常の中に「問題」を発見する、という意味ではプチ・トレーニングだったかもしれないです。
山田先生からのメッセージ
高校生の皆さんには、ぜひ、今しかできない経験を積んでほしいと思います。部活や旅、友達との交流、本を読むこと、文章を書くこと、それから、風邪をひかないことと睡眠時間を確保すること。あとわずかな時間しか一緒にいられない、同級生や部活の友達との「日常」の時間を大事にしてください。










