北海道大学 大学院文学研究院 佐藤 知己 先生 | 大学受験予備校・四谷学院の学部学科がわかる本        

Interview

「栗」+「拾う」=「栗拾う」が1つの動詞になる!?
アイヌ語の特別ルールを解き明かす

北海道大学 大学院文学研究院 言語文学専攻 言語科学講座 特任教授
佐藤 知己 先生


世界的にも珍しい文法現象「抱合」

私は、北海道、サハリン、千島列島の先住民族の言葉「アイヌ語」を研究しています。具体的には、音(音韻)、言葉の作られ方(語形成)、文の組み立て(文構造)、言葉がもつ意味(意味論)、といった面から、アイヌ語の特徴や歴史的な変化を探っています。さらに、他の言語との比較や、昔の記録に残るアイヌ語の言語学的調査も行っています。
特に関心をもって熱心に研究しているのが、「抱合」と呼ばれる文法現象です。これは、動詞が名詞を取り込んで1つの言葉(合成動詞)になるというもので、アイヌ語の特徴を強く反映しています。例えば、日本語では「拾う」という動詞と、目的語としての名詞「栗」を一語に合体して、「栗拾う」という動詞を作ることはできません。けれどもアイヌ語だと、それができてしまいます。それどころか、アイヌ語には、主語と動詞を合体して一語にする抱合の例もあります。例えば、「神(が)」と「(誰かを)罰する」をくっつけて、「神・罰する」という一語を作ることができます。しかも、主語と目的語の関係が変化し「(誰かが)神に罰せられる」という意味になります。このような「主語の抱合」は、世界の言語の中でも非常に珍しく、大いに研究に値するものです。私が英語で書いた抱合に関する論文は海外でも注目されており、アイヌ語への関心を広げる役割を果たしていると思います。

「鮭」はアイヌ語――その驚きから言葉の世界へ

私がアイヌ語に興味をもったのは、小学2年生のときでした。家にあった百科事典の最初の巻に「アイヌ語」という項目があるのを見つけ、そこに「アイヌ語から日本語に入った単語の中に『鮭』も含まれる」と書かれた記事 (田村すず子早稲田大学教授執筆)を読みました。「そんなこともあるのか!」とびっくりしたこと、夏休みの宿題にその記事で調べたことを書いて出したら、校長先生が「君は、なかなか面白いことに興味をもつんだね」と優しく褒めてくれたこと、それが今の研究につながる最初のきっかけです。
アイヌ語に限らず言語というものは、非常に精密な規則の組み合わせで成り立っています。けれども、私たちの言語活動は無意識ですから、話し手自身も自分が使っている言語の規則を説明することはできません。その複雑な規則を、調査や理論を積み重ねて自分の手で解明して説明することに、面白さと大きなやりがいを感じています。

学問は目的であり手段ではない、それ自体が尊いもの

研究の世界では、常に自分より優れた人に出会い、その才能に圧倒されます。しかし、真に一流の学者に共通するのは、知的能力の高さだけではありません。彼らは、平和を愛し、謙虚で冷静、民主主義の精神や他者を尊重する鋭い人権意識を併せもっています。学問を就職や出世の手段としか考えず、学歴だけで他者を見下すような人はいません。本来、学問は目的であって手段ではない。それ自体が尊い営みなのです。この理念に共感してくれる学生を私は歓迎します。世界の一流研究者は、とにかく博識で話が面白く興味が尽きません。私が天才だと尊敬する言語学者、ロバート・アウステルリッツによると、彼の師であるロマーン・ヤーコブソンは、さらにすごかったそうです。上には上がいるのです。このことからも、絶えず学び続ける姿勢がいかに大切かわかります。研究者の生活は、言わば「試験前の受験生」を一生続けるようなもの。「これくらいでいいや」と思った瞬間、周りに先を越されてしまいます。しかも、研究の範囲は無限です。だからこそ、計画を立て、気分に左右されず、必要な作業をこつこつ積み重ねることが大切だと思っています。

佐藤先生からのメッセージ

受験生も研究者と同じです。やる気があってもなくても、毎日決めたことを平静に、着実にこなせる人が強いのです。受験の場合、量は多くても範囲は有限ですから、焦らず早めに全体を見渡し、繰り返し確認しましょう。人生は長距離走です。若い時の失敗は、長い目で見ると、たいしたことではありません。ゲーテの『ファウスト』には「絶えず努力して励む者を、われらは救うことができる」とあります。ファウストは、長い人生の中で取り返しの付かないことをしてしまいますが、最後は救われます。それは、最も大切なこと――絶えず努力して励むこと――を忘れなかったからです。結果は関係ありません。勉強は、やること自体が尊いのです。つらいこともあるかもしれませんが、努力を続けてください。その経験は、人生のあらゆる難題を乗り越える上で必ず活きてきます。

(取材日:2025年10月)

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