世界人口97億人問題の対応に求められるものとは?
世界に通用する先導的な創薬をめざす

九州大学 農学研究院 生命機能科学部門 教授/東北大学 医学系研究科 レドックス分子医学分野 教授
有澤 美枝子 先生


植物にもヒトにも負荷をかける環境ストレスとは?

私の研究室では、生物・非生物学的環境ストレス(以下、環境ストレス)応答の制御法を開発したいと考えています。ヒトをはじめとする多くの生物では、酸化などの環境ストレスを感知すると、生体内で遺伝子発現などのさまざまな応答を起こして、生体をストレスから守ろうとします。しかしながら、ストレスが強かったり、長期間受け続けたりすると、応答がストレスに負けてしまい、さまざまな疾患や障害が現れるようになります。
2050 年世界人口 97 億人問題に対応する食料供給のために、気候変動や温暖化・干害・塩害・多雨・酸化・病原菌などの環境ストレスに対して、植物の応答を制御することが求められています。これは我々の生存に関わる本質的な課題です。なぜなら、環境ストレスによる食料の減収は毎年約 3 割以上とされているからです。
環境ストレスに対する植物自身のストレス耐性を高め、食料の増収と品質向上を実現する化学物質のことを、バイオスティミュラントと言います。これらの化学物質は、植物自身を活性化させて耐性を高める点で、病原菌や害虫、雑草などの異種生物を駆除する従来の農薬開発とは異なる研究概念です。食料減収の解決につながるバイオスティミュラント市場は 2050 年度 10 兆円を超えると予想されています。

植物の薬とヒトの薬を一体的に開発

ヒトにおいても、社会環境ストレスに起因すると考えられる脳疾患・免疫不全・感染症などへの対応が、健康増進の観点からも重要な課題です。例えば、現在アトピー性皮膚炎や食物アレルギー疾患が若年層を中心に急増しており、国民の数十%が何らかの免疫疾患に罹患しているとされています。このような多岐にわたる周辺症状に対応するため、生体内での環境ストレス応答を制御・活性化する医薬品の開発が切望されています。
このようなバイオスティミュラントや医薬品開発の鍵になるのが有機小分子だと考えています。有機小分子とは、生体内で起こるさまざまな化学変化や遺伝子発現を制御するはたらきをもつ、低分子量の有機化合物のことです。環境ストレスは、時間とともに変化する環境や気候に対応する地域的(空間的)な現象で非常に複雑です。このような複雑な課題には、「多種類」の化学合成した有機小分子を利用する方法が一つの解決策になると考えています。具体的には、構造と機能の異なる有機小分子を多種類開発して、状況に応じて組合せと量を変化させる多面的なアプローチを行う、ということです。ここでは、化学、生物学、工学などの異分野の方法論を基盤として、人工知能 (AI) やロボットの利用など新しい研究手法を取り入れながら、ヒトの経験と直感などの暗黙知をうまく融合させる研究方針が極めて重要です。私の研究室では、適切な分子設計と化学合成を基盤とした新しい研究方法論を提案することによって、これまで別々の研究領域で取り扱われてきた食料増産のためのバイオスティミュラント(生物刺激剤=植物の薬)と疾病治療のための医薬品(ヒトの薬)の開発を一体的・統合的に実施しています。

有機化学を実社会に活かすため試行錯誤の日々

実は、新しい有機化合物は毎年数十万個以上化学合成されていると言われています。しかし、多くの場合は既に知られている合成反応を用いるので、本質的に新しい分子構造の有機化合物は限られます。
私が研究している「有機小分子」の多くは、生体内でDNAやタンパク質などの大きな分子に結合することで、そのはたらきを制御したり、特定の生理現象への作用(生物活性)を示したりします。このような分子どうしが結合するときは、鍵と鍵穴の関係のように、お互いの立体的な分子構造が極めて重要です。つまり、新しい合成反応を開発し、新しい分子構造の有機小分子をつくることができれば、それだけ新たな可能性が広がります。そのために、有機化合物の分子構造の設計や、その生物活性の解析なども学びながら研究を進めています。
そして、このような医農薬剤開発研究によって現代社会の要請に応えることができればよいと考えています。将来的には、社会的な課題と問題点の化学的な理解、有機小分子で解決する手段や、適切な使用法の考案、生物活性の背景にある現象・作用機序の理解なども試みたいです。世界に通用する先導的な創薬を実現するために、有機化学という学問が私たちの実社会にどのように活かせるのか興味は尽きませんし、そのためにまだまだ試行錯誤する毎日です。

発見のワクワクで、研究のトリコに

私は高校時代に有機化学を学び、自分の手で機能性化合物を創生できるところに魅了されて、東北大学理学部化学科へ進学しました。その後、同大学薬学研究科での分子設計・創薬研究活動を経て、2021年4月に九州大学農学研究院に着任しました。 実際に大学の研究室で合成研究に携わる中で、面白くて寝る暇も惜しい感覚をもって実験に取り組んだ経験があることが、私の宝です。発見の瞬間のワクワクがあるから、面白く虜になるのです。実験結果に素直に向き合うことで、0を1に変える新反応・合成方法論の開発の重要性を学びました。新規な合成方法論の開発研究は、これまでに合成されたことのない新しい機能性化合物の創生に直結する点で大変魅力的です。現在は、医療や健康に寄与する医薬品の創薬研究に加えて、食料および環境問題を含めて実践に近い視点からも研究を行なっています。研究室の学生さん達の毎日の成果に一喜一憂できることに感謝して研究を継続しています。

有澤先生からのメッセージ

受験生は、各自の将来へ向けて真剣に勉強することです。何事においても、自分で立てた目標を一つ一つクリアするような小さな積み重ねが、物事を成し遂げる唯一の方法です。自分はこれをやってみたい!と決めたら、絶対できると信じて行動すること、できるまで何度でも挑戦することが実現への近道になります。そして将来的には選択した専門領域で突出した一流の成果を挙げることと、継続的な成果の創生のための高いモチベーションを維持するために、例えば、別々の進路を選択する仲間たちの存在のような多様なネットワークの形成は重要であると感じます。

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