Interview
安全・安心な社会づくりへの貢献―― ヒトの「負の心」に迫る犯罪心理学
大阪公立大学 大学院生活科学研究科 生活科学専攻 教授
緒方 康介 先生
犯罪心理学研究の意外な実態を解明
私の専門は「犯罪心理学」です。現在は、研究そのものを研究する「メタ研究」に取り組み、「犯罪心理学論」を構築しようとしています。たとえば、「犯罪心理学」と聞くと、多くの人は警察の犯罪捜査で活用される「プロファイリング」を思い浮かべるのではないでしょうか。しかし、実際に戦後から現在までの日本の研究論文を分析すると、その多くが非行少年を対象としたもので、成人犯罪に関する研究は相対的に少ないことがわかります。また、日本の犯罪心理学者は、法務省の矯正施設や家庭裁判所、警察や児童相談所といった現場で実務を経験して大学教員になる場合が多く、各職場に応じた研究テーマに取り組む傾向があります。こうした学問の実態を明らかにするのが私の研究です。
ポリグラフ検査との出会いが導いた研究者への道
私が大学進学を考え始めた頃、地下鉄サリン事件や阪神淡路大震災などが起こり「トラウマ」という言葉が一般的になって、臨床心理士の全盛期でした。テレビドラマでは白衣姿がカッコよく描かれ、「ヒトの心」にしか関心のなかった私は、臨床心理学を学んでカウンセラーになりたいと思いました。ところが、いざ学び始めると本当はこの学問に興味がなかったことに気付きます。もう勉強はやめようかと思っていたときに偶然出会ったのが、(ウソ発見器と誤解されることの多い)ポリグラフ検査を紹介した犯罪心理学の本でした。そこからは学生生活が一変し、猛勉強の日々。犯罪心理学がオモシロくてオモシロくて仕方なかったのです。残念ながら、当時は臨床心理学者しかいない学科だったため、ポリグラフ検査の研究も検査官になることも叶いませんでしたが、卒業後は児童相談所で児童心理司として働くことになり、これが犯罪心理学の道へとつながることになりました。
IQの低下を引き起こす児童虐待
児童相談所で、知能検査を用いて虐待を受けた子どもたちの心理状態を調べる中で、虐待によってIQが低下し学力も停滞することがわかりました。虐待は身体や心を傷つけるだけでなく、認知能力をも蝕むのです。しかし、子どもたちを児童福祉施設で保護し、虐待家庭から引き離すとIQが回復する場合もありました。IQや学力は子どもが将来を切り拓くうえで極めて重要です。そのため、身体の傷を癒やし、精神的な安定を図るだけでなく、中・長期的な自立へ向けて、知能回復も課題だと認識しました。さらに、研究対象を14歳未満で犯罪に手を染めた触法少年に広げると、非行の原因や支援の手掛かりを探るうえでも、知能特性が重要であることに気付きました。こうして私は、児童心理司としての実務を通じ、犯罪心理学を実践的に研究し続けていたのです。大学教員になってからは、「犯罪心理学そのもの」の研究にも着手し、20余年の時を経て、念願だったポリグラフ検査の実験も始めることができました。
普通の人生では滅多に出会わない現象、それが犯罪。
犯罪心理学の一番のオモシロさは、ヒトの心の負の側面に焦点を当てるところです。普通の人生では滅多に出会わない現象、それが犯罪です。加害者や被害者に(そうと認識して)直接会うことも、まずありません。通常、なかなか知ることのできない犯罪者や被害者の心に迫る学問として、興味の尽きないものだと思います。また、さまざまな心理学的技術を活用して、犯罪のない安全・安心な社会作りに貢献できることも大きなやりがいです。専門性を極めれば、社会で活躍の場も多く、実際に私の研究室からも、児童相談所の心理司や家庭裁判所の調査官などを輩出しています。
心理学を学ぶ上で、受験勉強の内容が“直接”役立つことはあまりありません。生物で学ぶ人体の生理学的機構や、数学で学ぶ確率・統計は心理学に必要ですが、受験勉強レベルでは歯が立ちません。ただし、①難しい問題に取り組む強い意思、②やりたくないことを習慣化する方法、③最も効率的に目標に到達するための計画性と努力量の見積もりなど、大学受験で培う経験は、「将来なりたい自分」になるために努力を要する人生の岐路において必ず役立つと思います。
緒方先生からのメッセージ
私は「若いうちにいろんなことを経験するのがよい」とは全く思いません。自分がそれほど賢くなく、不器用で要領が悪いと知っていたため、周り道にならないよう早いうちに「やりたくないこと」を決め、道を絞り込みました。その結果、雲の上だと思っていた第一志望校や、不景気で難関だった公務員試験も突破できました。幅を狭め、専門性を深く突き詰めたからこそ、今の私があり、中年になってからいろんなことに挑戦しています。「若いうち」ではなく、人生が軌道に乗ってからでも良いのです。
もし、本気で犯罪心理学を学ぶなら、大学選びは慎重にしてください。「犯罪心理学」の授業を担当している先生が、必ずしもそれを専門としているとは限りません。その大学に、犯罪心理学の“本当の”専門家が正式に所属しているかをきちんと調べることも、周り道をしない進路選択の一つだと思います。










