Interview
経験こそが「法の命」
現実世界の出来事から法律の在り方を考える
成城大学 法学部 法律学科 教授
指宿 信 先生
判決や立法に影響を与える研究テーマたち
私は刑事訴訟法を専門にしており「誤った裁判の原因やえん罪事件が起きるメカニズムについて」「罪を犯した人を立ち直るよう後押しして再犯を防止できる刑事司法制度づくり」「被疑者や参考人に対する取調べの適切な手法と規制方法」「ネットワーク社会における個人データの取得・保管・利用をめぐる問題に対する法的研究について」の4点を研究テーマとしています。どの研究分野も、現実社会で起きている事象と密接に関わっていて、実際の裁判の判決や立法過程に直接影響を与えるインパクトのあるテーマであるだけでなく、国際的にも同種の課題を抱えているため普遍的なテーマで世界に向けて発信でき、海外の研究者や実務家とも交流できるやりがいのある研究です。今回は「ネットワーク社会における個人データの取得・保管・利用をめぐる問題に対する法的研究」について、GPS捜査を例に取り上げます。
GPSを車両に取り付けるのは尾行と同じ？
私たちがスマートフォンなどで使っているGPSは、地球上のどこにいるかをかなり正確に示すことができます。この技術を使って、事件の被疑者の車両にGPS端末を取り付けて位置情報を取得するのがGPS捜査です。これは「警察が尾行しているようなものだから、プライバシー空間に入っていかなければ違法にはならない」という考えのもと、令状を取らずに行われていました。しかしGPSを使うと警察官が現場にいなくても、24時間、全国どこにいても相手の行動を記録できますし、尾行と違って記録・保存・検索なども可能になります。これはプライバシーを侵害する恐れがあるのではないかと私は考えました。そして2017年に最高裁判所の大法廷での全員一致で、GPS装置を使った捜査手法が違法であると判断されました。最高裁は憲法35 条の「住居、書類及び所持品」（物理的可視的なプライバシー侵害）に準ずる私的領域を認め、GPS 捜査はそれを侵害すると判断したのです。
このGPS捜査について私は、第一審の大阪地裁で弁護側証人として出廷し、後に大法廷の結論となる考え方を述べました。一審では部分的に認められましたが控訴審ではこれが退けられたので最高裁に上告されたのです。最高裁では普通の事件は小法廷といって小さい法廷で扱うのですが、憲法上重要なテーマの場合は最高裁判事全員で審議する大法廷で扱います。そこで全員一致という支持を頂いたのは研究者として栄誉です。
また、2025年4月には刑事訴訟法等の改正法律案検討において、衆議院法務委員会に参考人として意見を述べました。その意見が委員会の野党修正意見として取り上げられ、提案された法案に盛り込まれ、これが最終的に改正された刑事訴訟法に盛り込まれました。ネットワーク社会における個人データの扱いは、技術の進化に追いつかなければならない分野だからこそ、立法に関わる仕事も重要と考えています。
抽象的に見える法は、現実世界で起きた出来事に適用される
大学では刑事訴訟法のゼミを担当していますが、事件当事者からヒアリングしたり弁護団からのレクチャーを受け、当事者や関係者の生の声を聴くということも大切にしています。法の世界は抽象的な規範に見えますが、実際に適用されるのは生の、現実世界で起きた出来事に対してです。実際の事件を追体験することは不可能ですが、現実感を持って事件に向き合うと、学習者の目つきが変わるのです。
また、抽象的な規範も、人類の経験に基づいて作られた「叡知」です。決して「努力目標」なのではありません。人類は一度も平等な社会を実現したことはありません。だから憲法14条があるのです。人類は幸福な社会を作ることに失敗し続けてきました。だから憲法13条があるのです。憲法9条だけが経験に基づいて作られたわけではありません。経験こそが「法の命」なのです。
指宿先生からのメッセージ
高校では、どのような問題意識で学習に取り組むかという姿勢が一番その後の人生に繋がると思います。大学受験を目指す皆さんは、ネットの情報やSNSではなく、新聞を読んだりニュース番組を視聴したりして、データや事実をきちんとインプットし、課題やテーマについて興味を持ったらとことん調べる習慣をつけてみてください。その繰り返しの中であなたの進路が見えてくるでしょう。
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