巧妙な生存戦略「死んだふり」
昆虫たちの行動に隠された謎に迫る
岡山大学 学術研究院 環境生命自然科学学域 教授
宮竹 貴久 先生
隣人を犠牲にして生き残る、利己的な虫
私は主に昆虫の行動と生態を研究しており、とりわけ天敵から襲われたときに、どのようにそれを回避するのか(対捕食回避行動)を中心に進めています。例えば、米や小麦粉に害を及ぼす「コクヌストモドキ」という甲虫は、ハエトリグモに襲われると「死んだふり」をします。すると、クモは動かなくなった目の前の虫を見て「餌ではなかったのか?」としばらく見ています。そんなときに、近くに別の虫が近づいてくると、クモの興味は「動く餌」へ移り、そちらを攻撃して捕食します。そして、死んだふりをした個体は、その隙に逃げることができるわけです。つまり、隣人を犠牲にして生き残る「利己的な虫」と言えます。しかし、死んだふりをする個体が多数派になれば、クモも「どうせ死んだふりだろう」と学習してしまいます。「死んだふり」は、それを長く続けられる個体が「少数派」だからこそ成立する生存戦略なのです。
昆虫の生態研究が、日本の農業を救う
また、わが国の経済に重大な影響を与える「特殊害虫」のモニタリング方法や防除法の研究も行っています。特殊害虫とは、農作物に甚大な被害をもたらす外来種で、植物防疫法で指定されている虫のことです。国内に定着すれば、作物の移動制限や廃棄が必要となり、産地は大打撃を受けます。かつて南西諸島で発生した「ウリミバエ」や「ミカンコミバエ」は幼虫が果実を食い荒らすため、寄生される農作物を本土へ出荷できなくなる事態を引き起こしました。これらは「オス除去法」や「不妊化法」により一度は日本から根絶されました。しかし最近、ミカンコミバエが九州各地で出現するようになり、新たな特殊害虫級の「セグロウリミバエ」も南西諸島にまん延し、沖縄本島から対象の果実が検査なしに持ち出せなくなっています。こうした害虫対策には、昆虫がどのように配偶パートナーを見つけて子孫を残すかという交尾行動や繁殖戦略の知見が欠かせません。昆虫の研究が、人間の生活に役立つ成果へとつながっていくことに、日々研究の意義を感じています。
原点は、庭のダンゴムシを眺めていた少年時代
これらの研究は、そのほとんどが「なぜその行動をするのだろうか」という興味から始まっています。私は子どもの頃から、庭の石をめくってダンゴムシを捕まえては「まるまるのが面白い」と眺めていました。当時は「死んだふり」をしているとは考えもしませんでしたが、「茶色いまだら模様のものや、大きくて黒いものがいるな」と、不思議に思っていました。今思えば、それが生物の個体変異に興味を持つ原点だったのかもしれません。今でこそ茶色がメスで黒がオスだとわかりますし、オカダンゴムシが欧米からの外来種だということも知っていますが、当時は多様な生き物がいるという認識だけでした。しかし大学3年生の頃、ダーウィンの『種の起源』を読み、行動生態学や進化生態学という学問に触れたことで、生き物の行動や存在の意味を知る面白さに目覚め、現在に至っています。
やりたい道を追い続ければ夢は叶う
私は子どもの頃から研究者になるのが夢でした。けれど、決して順風満帆に今の道を進んできたわけではなく、大学受験も決して成功したとは言えません。しかし、目の前のやるべき課題をこなしながら、自分のやりたい道を追い続けました。その結果、九州大学で博士号(理学)を取得し、支援制度を活用して英国の大学(UCL)へ留学、そして現在、大学教授として教育や研究に携わることができています。どこかで諦めないで頑張ってきて本当に良かったと思っています。だからこそ皆さんには、人生の選択肢はたくさんあることを知っておいてほしいのです。たとえ本意ではない大学に入ったとしても、自分が本当にやりたい研究ができる大学院を探して、新たにチャレンジすることも可能です。そのような可能性を広げるためにも、自分が将来好きになりそうなことをなるべく早く見つける活動を大切にしてください。そして大学では、物事を自分で観察し、自分で考え、自分で調べて、自分なりのアウトプットを生み出せる学生になってほしいと願っています。
宮竹先生からのメッセージ
受験勉強は大変ですが、目の前の「やるべき課題」に対応する術は、社会に出てからも必須です。また、学習内容は今後社会を生き抜く上で必ず有利に働き、人生の糧になります。その一歩の努力が、将来の可能性や選択の幅を大きく広げてくれるのです。どうか自分が壊れてしまわない程度に、将来に向けて計画的に頑張ってください。将来の夢を諦めず、目の前の課題に立ち向かうすべての若い人たちに、心からエールを送ります。









