なぜ私たちは学校に通うのか?
――深層に埋め込まれた「社会とのつながり」を解き明かす
岩手大学 人文社会科学部 人間文化課程 教授
樋口 くみ子 先生
人々の行動や意識に影響を与える「社会的事実」
私たちの多くは、当たり前のように小・中・高校へと進学しますが、それはなぜでしょうか?
高校生にもなると「良い仕事に就くため」といった理由も出てくるでしょうが、小学生の頃は「なんとなく周りが行くから」だったかもしれません。しかし、「なんとなく」行くにしては長く、必ずしも楽しいことばかりでもなかったはずです。それでも多くの人が通い続ける背景には、単なる個人の意思を超え、授業や行事、部活動など様々な領域に、みなさんと学校社会とのつながりが深く埋め込まれているからです。このように個人の性格や能力を超え、多くの人々の行動や意識に影響を与える要素を「社会的事実」と呼び、それを明らかにするのが「社会学」です。中でも私は「社会病理学」と「教育社会学」を専門とし、主に不登校について研究してきました。具体的には、学校を離れた子どもたちが通う公的施設「教育支援センター」を調査し、なぜ彼らがそこに集い通い続けるのかを探求してきました。最近では、2016年の「教育機会確保法」成立を受け、教育行政による支援の変化や、自治体ごとの支援の違いについても調査を進めています。
「個人」の苦しみを「社会」の問題として捉え直す
私がこの学問を志した背景には、高校を中退してフリーターをしていた頃に直面した、兄の自死という出来事がありました。定職に就けず精神疾患を患っていた兄は、周囲から「努力不足」「心が弱い」と責められ苦しんでいました。しかし、兄の死後、受け取った遺産を有効活用して「兄の分まで生きよう」と大検を経て大学へ進学し、社会学に出会ったことで、私の見方は大きく変わりました。兄が直面していたのは自己責任ではなく、「就職氷河期」という時代背景や、「男性は働くべき」という社会的なプレッシャーによる構造的な問題だったと知ったのです。ものごとの原因を個人の責任にするのではなく、社会の仕組みの問題として捉え、より住みやすい社会を追求する。これこそが自分の求めていた学問だと強く感じました。兄のように苦しむ人を少しでも減らすために何ができるかと考え、社会学の研究者の道へと進みました。
思い込みを覆し、新たな事実を導き出す
「自分が持っていたものの見方が変わる瞬間」は、日々の調査やデータ分析の中でも出会えます。それこそが研究の魅力であり面白いところです。質問紙調査やインタビュー調査は、協力を断られるなど大変なこともありますが、時間をかけてデータを集め分析することで、新たな事実が見えてきます。例えば、私が調査対象としている教育支援センターも、以前はマニュアル通りの型にはまった施設だと捉えられがちでした。しかし調査を進めると、個々の教室を取り巻く多様な環境の中で、現場の指導員や指導主事の先生方が最大限の裁量を発揮し、工夫を凝らしていることが分かってきたのです。このように、思い込みを覆す知見にたどり着いたとき、研究をやっていて良かったと強く感じます。
幅広い学びで、本当に追求したい専門分野へ
大学でこうした学問を深く探求していくうえで、高校での学びや経験は重要な土台となります。例えば英語は、海外の学術論文を読んだり留学生と交流したりする際に必要ですし、小論文で培う思考力は、文献を読み解き自ら論文を執筆する際の基礎となります。また、高校時代には「ちくまプリマー新書」のような研究者が書いた本を読み、気づきをメモする習慣をつけておくと、受験だけでなく大学生活でも大いに役立ちます。
岩手大学人文社会科学部では、社会学以外にも多様な学問を幅広く学ぶことができます。後になって「本当はこっちがやりたかった」と後悔することのないよう、ぜひ入学後は積極的に様々な学問に触れながら、自分が本当に追求したい専門分野を定めていってほしいと願っています。
樋口先生からのメッセージ
大学受験や合格そのものはゴールではなく、大学に入ってからどう過ごすかが一番大事です。そう考えると、あまり気負わず受験勉強に向き合えるのではないでしょうか。休むときはしっかり休んで、集中するときは集中して、メリハリをつけながら受験期間を乗り切ってください!









