文章が伝える“意味”を考える習慣が
本当の語学力と思考力を伸ばす

順天堂大学 健康データサイエンス学部 教授
山本 史郎 先生


歴史と理論から「翻訳」を考察

私は英語から日本語、及び日本語から英語への翻訳を研究しています。英米の大学で「Translation Studies」と呼ばれている分野です。この分野の研究は大きく分けて、(a)歴史を研究対象とするものと、(b)理論的な視点から行われるものがあります。(a)は、これまで日本においてどのように翻訳がなされてきたか、どのような翻訳があったのか、どのような翻訳が理想とされてきたのかというような関心から、過去に翻訳された書物などを研究します。これに対して(b)は、翻訳とは何か、翻訳はどのように行うべきか、というような問題を理論的に考察します。私の研究はこれら(a)と(b)にまたがっていますが、現在は特に「人間にしかできない翻訳とは何か?」「AIには何が翻訳できないのか」が研究の中心となっています。

AIには人間の表現意図や
創造性までは翻訳できない

文学作品では、ごく普通の言語表現であっても、作者が独自の意味合いを込めていることがあります。これは人間の表現意図や創造性そのものなのでAIとは無縁で、同じ価値観や解釈の方法を共有している人にしか理解できません。例を用いて説明しましょう。J.R.R.トールキンの『ホビット』という物語の最後の場面で、ガンダルフという魔法使いが主人公に向かって ‘you are only quite a little fellow in a wide world after all!’と言います。高校などで学ぶ英文解釈では「結局のところ、君は広い世界の中で1人のちっぽけな人にすぎないのだ」と訳すのが普通です。これだけを読むと、まるで主人公が小さな存在であることをガンダルフが貶しているようです。しかし、この物語の中では全くそのような意味は持っていません。ガンダルフが言いたいのは「この広い世界には、ちっぽけな1人の人間(ホビット)には想像もつかないような力を持った者が存在する」ということなのです。このような意味が上の英語1文だけから出てくることは絶対にありません。なぜなら、物語全体の流れの中で、作者がそのように解釈できるように仕組んだ意味だからです。それが「文学」の特徴であり、それがいかなるものか、具体的にどこに、どのように表されているかを考えるのが私の研究テーマです。

特定の表現に翻訳者のマインドが見える面白さ

この研究に興味をもつようになったきっかけは、意味の通じない「翻訳」に覚えた違和感でした。私は子どもの頃から本を読むことが好きで、中学生の頃、翻訳ミステリーをよく読みました。そのとき、どうしても意味がわからないもの、どう考えても意味が通じる日本語ではないと思われるような文章に出会うことが度々あり、「意味の通じないものがなぜ『翻訳』として出版されているのだろう」と不思議に思いました。さらに、「意味とは何だろう」というもっと深い、一般的な問題にも関心をもつようになったのです。
これまでに出版されてきた様々な翻訳を研究すると、具体的な表現から、翻訳者がそれぞれ翻訳について様々な考えや方針(もちろん能力も)を持っていることがわかります。それは意識的に何かを狙っている場合もあるし、無意識的に行っている場合もあります。特定の表現や文章について、なぜそのような翻訳がなされているのかが見えてくるのが、この研究の醍醐味です。

山本先生からのメッセージ

みなさんは学校で英文和訳や和文英訳を勉強している際に、文法書や辞書を徹底的に用いるよう教わると思います。それも重要なことではありますが、そこにとどまっていては本当の語学力を身につけることはできません。文章には必ず現実の場で伝えようとしていることがあります。それがすなわち文章の本当の「意味」です。つまり、その文が用いられる状況や文脈を想像できてはじめて「意味」がわかったことになります。それが何であるかを考える習慣こそが語学力だけでなく、思考力を伸ばすことになるでしょう。

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