200年前の文学に探る
現代人の問題を解決するヒント

東京理科大学 教養教育研究院 野田キャンパス教養部 教授
浅井 英樹 先生


自分の心に従って生きる
ことを描いたゲーテ

私はドイツ文学を専門とし、主にゲーテの文学について研究しています。ゲーテといえば小説『若きウェルテルの悩み』や戯曲『ファウスト』が有名ですが、読んだことがある人は少ないかもしれませんね。音楽の授業で習ったシューベルトの歌曲『魔王』の詞を書いた詩人、というと思い出す人も多いでしょう。病気の幼い息子を抱いて夜道を馬で駆ける父親の話です。甘い言葉で異界へと誘惑する恐ろしい魔王の姿におびえる息子に、父親は「それは幻にすぎない」と言って息子を安心させようとしますが、父親の「理性的」な言葉は、結局息子を死から救うことはできません。ゲーテが生きた1800年前後の時代は、理性への信頼が強まる一方で、人間の感情を抑圧する社会のシステムもまた作られはじめた時代でもありました。ゲーテはそのような時代の中で、自分が見たものを信じ、自身の心に従って生きることの素晴らしさと苦しさを生涯にわたって描いた作家です。ヨーロッパ近代の黎明期に生きたゲーテの文学を研究することを通して、現代の人間が直面しているさまざまな問題を解決するためのヒントを見出すことが、私の研究目標です。

自分がやりたいことを考え直し
哲学から文学研究の道に

私は高校時代からドイツ文学に興味があり、ヘルマン・ヘッセやトーマス・マンなどの作品をよく読んでいました。哲学にも興味があったので大学では哲学科を選んだのですが、具体的な文学作品を通して人間について考えるほうが自分には向いていると思い直し、大学院ではドイツ文学科に進学しました。少し回り道をしましたが、自分が本当に好きなことが何か確かめることができたので、無駄ではなかったと思っています。

言葉や文化のハードルを越えて感じる
外国文学研究の面白さ

ゲーテは今から200年以上も昔の人ですが、現代の人間も抱えている問題を根本的に考えた人だと思います。外国文学は言葉や文化や時代の違いなど、理解するのにさまざまなハードルがありますが、過去の研究者たちの論文も参照しながら粘り強く取り組むことによって、いろいろなものが見えてきます。私は文学作品を研究するにあたり、作品の主な筋とは少し離れたモチーフに着目するようにしています。たとえば、『若きウェルテルの悩み』は、主人公ウェルテルの「恋愛」を中心に読まれることが多いのですが、主人公が「仕事」についても多くの悩みを抱え、階級による差別があった当時の職場での悪戦苦闘ぶりも丁寧に描かれていることに着目すると、主人公が恋愛だけでなく仕事においても、社会のシステムの中にとらわれない自分らしい生き方を模索していることがわかり、小説がより立体的に見えてきます。ウェルテルが感じた社会と個人の葛藤は、現代の日本においても、さらに先鋭化された形で表れてきていると思います。一見したところ遠くにあるものを理解しようとするうちに、それが身近なことにもつながっていることが実感できたとき、外国文学研究の面白さを感じます。

浅井先生からのメッセージ

皆さんは今、時間がいくらあっても足りないくらい忙しいと思いますが、受験勉強だけではなく、部活動や自分の好きなことにも精一杯打ち込んでほしいと思います。また、少し背伸びして、いろいろな本にチャレンジしてみてください。私は高校時代に『若きウェルテルの悩み』を読みましたが、当時はその良さがよくわかりませんでした。しかし、時間をかけて何度も読み返すうちに、いろいろな発見がありました。今では自分の成長を測る物差しとなる大切な本となっています。その中の言葉をひとつ紹介します。「われわれは、自分に多くのものが欠けていることをしきりに感ずるし、自分に欠けているものは他人が持っているような気がするものだ。(中略)これに反して、もしわれわれが微力ながらも、また労役にくるしみながらも、ただひたむきの働きをつづけてゆけば、われらはおのずと知ることができる。このはかどらぬ舟足すら、帆をあげ櫂をあやつる他人よりも遠くを行くことを。」(岩波文庫・竹山道雄訳)

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