Interview
“やる気”は作ることができる!?
――脳の仕組みから、社会に役立つ技術を生み出す
東京大学大学院 情報理工学系研究科 教授
天野 薫 先生
人の“見え方”を測ると、心の働きと仕組みがわかる
私の研究は一言でいうと、「人は外の世界をどのように感じ、理解し、それをもとに行動しているのか」を、脳の働きから明らかにすることです。私たちは同じものを見たり聞いたりしていても、状況や心の状態によって感じ方や判断が変わりますが、こうした変化が脳の中でどのように生まれているのかを、実験を通して調べています。専門は視覚を中心とした認知神経科学で、錯視(目の錯覚)や注意の研究を通して、外界の情報が脳で処理され、知覚や行動につながる仕組みを科学的に解き明かしています。
研究は、主に3つの方法を組み合わせて行っています。
ひとつめは、被験者の方に画像を見てもらう方法です。「どう見えたか」といった判断をしてもらい、主観的な“見え”を数値として正確に測ります。錯視の研究などは、まさにこの方法が土台になります。
次に、EEG(脳波:神経活動に伴って生じる電気信号を測る)、MEG(脳磁図:神経活動に伴って生じる磁場を測る)、fMRI(機能的核磁気共鳴画像法:神経活動に伴う血流や酸素の変化を測る)といった方法で、脳が働いている様子を調べます。こうした計測は脳を直接開くようなことはしないので身体への負担も少なく済みますし、単に「見えた/見えない」といったことだけではなく、その時に脳のどこが、どのように働いているのかまで調べることができます。
さらに、TMS(経頭蓋磁気刺激:磁場を用いて脳の働きを一時的に変える)やtES(経頭蓋電気刺激:ごく弱い電流を用いて脳の働きを一時的に変える)といった技術を使い、脳に安全な範囲で弱い刺激を与えて働きを一時的に変えることで、脳と心の因果関係を調べています。
最近取り組んでいるテーマの1つは、ジター錯視という、実際には揺れていない画像がゆらゆら動いて見える錯視の研究です。この見え方が脳の中にあるリズム(特にアルファ波と呼ばれる、目を閉じてリラックスしているときなどに出やすい脳の信号)と関係している可能性があり、将来的にはスマートフォンだけで脳の状態を推定できる技術につなげようとしています。もう1つの大きな研究は、日本の国家プロジェクトであるムーンショット型研究で、人のやる気や他者を助けようとする気持ち(利他性)を、視覚や音などの受動的な刺激によって引き出す挑戦的な目標に取り組んでいます。
脳は「数学」で理解できる!学部時代の講義が研究の原点に
私が今の研究を始めたのは、脳をただ「見る」だけでなく、数学や情報の言葉で「仕組みとして理解したい」と思ったからです。その原点は、学部生時代に受けた合原一幸先生の講義でした。合原先生は「数理情報一般」という授業で、脳の働きを数学やモデルで表現する考え方を紹介してくださり、それがきっかけで、「脳の働きって、物理や数学と同じくらい定量的に理解できるのではないか?」という興味が一気に膨らんだのを今でもよく覚えています。
また、私が今所属している計数工学科には、甘利俊一先生という、日本の数理脳科学やニューラルネットワーク研究の草分け的な存在がいます。2024年のノーベル物理学賞は、AIの基礎となるニューラルネットワークの研究に授与されましたが、その根底には甘利先生をはじめ日本の先駆的研究者たちの数理的な研究が深く関わっていると言われています。同じものを見ていても、人によって、あるいは状況によって見え方や感じ方がなぜ変わるのかという疑問、それを数学やモデルで捉えられるのではないかという直感、こうした原体験の積み重ねが、私の研究の出発点でした。
研究者という仕事のおもしろさ
研究の魅力ややりがいは、研究者という仕事の自由度と責任の大きさにあると思っています。よく私は、研究者は「一定の安定性がある中小企業の社長のようなもの」だと説明しています。自分で研究費を獲得し、何をテーマにするかを自分で決め、実験や解析を行い、その成果を論文や発表として世の中に出すという一連の流れを、基本的に自分の判断で回していける点は、非常にやりがいがあります。成果さえきちんと出していれば、時間の使い方に比較的融通が利くのも大きな魅力で、働き方を自分で設計できる点は、長く続けられる理由の一つです。
脳科学はとても歴史のある分野で、これまでに膨大な知見が積み重ねられてきました。その一方で、分かってきたことが社会の中で十分に活かされているかというと、まだ課題が多いとも感じています。そこで私は、国際的に評価されるレベルの基礎研究をきちんと行うことと、その成果を将来的に教育や医療、福祉、社会システムなどにどうつなげられるか、この両方を常に意識しながら研究を進めています。基礎と応用の両方を行き来しながら、自分なりの問いを立て、答えを探していける点に、この研究の一番の魅力とやりがいがあると感じています。
AI時代に必要なのは、「答えを出す力」より「問いを立てる力」
最近ではAIが急速に発達し、知識そのものはかなり外部に任せられる時代になってきました。でも、AIがどれだけ賢くなっても、「なにを聞くべきか」「出てきた答えが妥当か」「その結果をどう使うか」を判断するのは人間です。高校までにこうした論理的思考力を身につけておければ、AIに使われる側ではなく、AIを使う側の人間になれると思います。
研究の世界でも、試行錯誤を繰り返しながら「なぜうまくいかなかったのか」を考え、次につなげることが重要です。高校までは「出された問題に正解する」ことが大切で、それは必要な訓練でもあるのですが、大学で本当に重要になるのは、「答えを出す力」よりも「問いを立てる力」です。そもそも「何が分かっていないのか」「どこが面白いのか」「なぜそれを知りたいのか」を自分で考えられるかどうかが、学問への向き合い方を大きく左右します。また、早い段階で「この分野なら、数年後には教授を超えられるかもしれない」と思えるくらいの強い専門性を身につけてほしいと考えています。大学は、知識を受け取る場所というよりも、自分で問いを作り、学びを設計する場所です。そのプロセスを楽しめる学生と、ぜひ一緒に学んでいきたいと思っています。
天野先生からのメッセージ
受験勉強は大変だと思いますが、皆さんが今取り組んでいる学習は、単に大学に合格するためだけのものではありません。自分で考える力や、物事を論理的に捉える力を鍛える時間でもあります。知識はあとからいくらでも身につきますが、考え抜いた経験や、本気で努力した経験は一生残ります。ぜひ目の前の課題に向き合いながら、「自分は何に興味があるのか」「将来どんなことをやってみたいのか」を、少しずつ考えてみてください。大学は、答えを覚える場所ではなく、問いを見つける場所です。今の努力は、必ずその先につながります。自分を信じて、最後までやり切ってください。応援しています。










