Interview
牛肉or鶏肉、うまみが強くなるのはどっち?
発酵のふしぎを分子で解く、おいしさと健康の科学
東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科 教授
前橋 健二 先生
発酵食品の「味」と「香り」を科学で読み解く
私は、醸造や発酵食品ができる過程で生まれる味や香りの物質を調べています。微生物の代謝や酵素の働きでできる物質が、おいしさにどう関わるのか、健康に良い働きにどう関わるのかを明らかにしたいと考えています。発酵食品は、長い間、経験に基づく技術で作られ、食べられてきました。私は、その「なぜおいしくて、なぜ体に良いのか」という科学的な理由を示すことで、伝統の技術を未来につなげたいと思っています。
さらに、経験から学んだことを、新しい食品の開発にもつなげようとしています。たとえば、発酵食品のおいしさに欠かせない「うま味(うまみ)」には、発酵の過程で酵素が働き、グルタミン酸が増えることが関係します。私は、発酵食品だけでなく、食材そのものでも似たことが起きるのではないかと考え、鶏肉を調べました。その結果、鶏肉には、ペプチドからグルタミン酸を切り出す酵素が含まれていて、別の酵素を働かせたときに同時に作用し、グルタミン酸を多く作ることが分かりました。この酵素は牛肉にはほとんどなく鶏肉に多いので、同じように調理すると、鶏肉のほうがうま味が強くなりやすいのです。だから鶏肉は、水炊きや塩焼き鳥のようなシンプルな調理でもおいしくなります。別の例として、ゴーヤの苦味が、かつお節をたっぷりかけると感じにくくなる理由も調べました。実験の結果、だし汁ではなく、かつお節そのものが苦味の成分を吸着するために、苦味が和らぐことが分かりました。
「食とバイオ」への興味が、微生物の世界への入り口に
私がこの分野に進んだ出発点は、「食とバイオテクノロジー」への漠然とした興味でした。大学で卒業研究を進めるうちに、微生物の働きによって、すばらしい味や香りが生まれるしくみに好奇心を掻き立てられました。ここでいう微生物の働きとは、たとえば酵母や乳酸菌が代謝物を作ること、麹菌が食品の成分を分解することなどです。私は、その働きが「おいしさ」を生む分子のしくみを知りたいと思うようになりました。
特に注目したのは、もともと無味であるタンパク質が、酵素で分解されると、ペプチドやアミノ酸になって味が豊かになる現象です。そもそも「タンパク質はなぜ無味なのか」という疑問も生まれました。調べていくと、西アフリカの果実には甘いタンパク質があるものの、あくまで例外と考えられてきました。そこで身近な食品を調査したところ、鶏卵白に含まれるリゾチームという酵素タンパク質が、ショ糖の20倍以上も甘いことを見つけました。リゾチームは自然界に広く分布していて、鳥類や、は虫類の卵白、哺乳類の乳汁などにもあります。私はそれらのリゾチームの味も調べ、対象にした全てのリゾチームが甘いという結論に至りました。酵素タンパク質には活性部位という重要な構造がありますが、リゾチームの甘味に関わる部位の構造が、種を超えて保たれていることから、甘味という働きが生物にとって重要な機能であることも見えてきました。
身近な「食」だからこそ、社会につながる実感がある
私が研究で大切にしているのは、誰もやっていない分野を切り拓く意識です。流行に乗るのではなく、自分が流行を作る立場でありたいと考えています。現実には簡単ではありません。ですが食品は身近で、しかも「おいしさ」や「健康」といった、生活者に直接関わるテーマを扱えます。だから研究の目的が分かりやすく、成果も多くの人に伝えやすいと思っています。さらに、こうした研究は、伝統的な発酵技術の価値を科学的に説明し、次の世代に残すことにもつながります。
私が所属している東京農業大学は、「食」の大学です。本学を志望する学生に私が期待しているのは、「食」に関心を持ち続ける姿勢です。単におなか一杯に食べたいということではなく、おいしいものや体に良いものを食べたい、食べさせたいという関心です。普段から関心があると、講義の内容が頭に入りやすくなりますし、「食」に関わる解決すべき課題も見つけやすくなります。テレビやネットで流行のスイーツや食イベントの情報を見たら、しっかり受け止めて、メモしておくのも良いと思います。私は、「おいしさ」は情報によって作られる部分が大きいとも考えています。情報を持っていると、実際に食べたときに、よりおいしく感じられるでしょうし、友人に勧めるときにも役立ちます。
前橋先生からのメッセージ
大学受験の勉強は、知識を身につけるというより、競争として幅広く学ぶ必要があり、大変だと思います。ただ、後になって振り返ると、基礎科目は社会で働くうえでも、生活の中でも役に立つことが多いと実感してきます。食品の分野では理科が大切ですが、醸造学では歴史や地理などの知識が役立つ場面もあります。大学に入ると、受験勉強とは違って、興味のある分野に集中して学びを深められます。学ぶ楽しさを感じられることは幸せなことです。その幸せにたどり着くために、まず受験勉強という試練を乗り越えるつもりで、頑張ってほしいと思います。
東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科
https://www.nodai.ac.jp/academics/app/fer/
前橋先生の研究室
https://www.nodai.ac.jp/academics/app/fer/lab/704/










