伝統芸能から駅のアナウンスまで
アクセントの謎を解き明かす
日本女子大学 文学部 日本語日本文学科 教授
坂本 清恵 先生
アクセントの違いで、性別や身分を演出する
私はもともと東洋史を学ぶつもりで大学に入学しましたが、大学1年で受講した必修科目で「国語学(現在の日本語学)」に出会い、その魅力に惹き込まれました。言葉が過去から現在までどう変化してきたのか、そして未来へどう変化していくのかを、残された文献や伝承から明らかにする面白さを知ったからです。
現在の研究の軸は、昔の人がどんな発音をしていたのか(日本語音韻史)、そして文字をどう書いていたのか(表記史)を探る「アクセント研究」です。例えば、能楽の「謡(うたい)」や人形浄瑠璃といった伝統芸能に残るアクセントを、古い譜面や録音から分析するほか、時には伝承者である能楽師の方にFMRI(画像診断に使われる医療機器)に入っていただき、発音時の口や舌の動き(調音運動)を観察するなど、多角的に研究を進めています。
こうした分析を続けると面白いことが分かってきます。例えば、能の謡では、同じ「候う」という言葉でも、男性は「ソウロウ」、女性は「サムロウ」と発音する性差があったり、物狂いになった女性役だけが使う特別な発音(サ行イ音便)があったり、言葉の変化を「演出」として効果的に使っているのです。また、浄瑠璃の研究では、近松浄瑠璃譜本から「17世紀末の大阪アクセント」が推定できただけでなく、どこの出身でも「お姫様は京都のアクセント」「武家は関東のアクセント」といった、身分による音声演出がなされていたことも分かってきました。
文字の書き分けにも表れる「発音」の歴史
アクセントは文字の「表記」にも深く関わっています。例えば、かつてはアクセントの違いを利用して「お」と「を」を書き分けるルール(定家仮名遣い)がありました。しかし、時代が進むにつれて人々のアクセントは変化します。とくに南北朝時代には定家時代からアクセントの体系が大きく変わってしまいました。発音が変わったのに昔のルールで書こうとすると、つじつまが合わなくなるため、文献を通じて古い時代の書き方が伝えられるようになります。
一方で、南朝の長慶天皇は、『源氏物語』の注釈書『仙源抄』の中で、定家仮名遣いの基本原理には従いつつも、定家時代のアクセントではなく、自身の新しいアクセントに合わせて書き分けを行っていました。その後、江戸時代になって国学(日本独自の文化を研究する学問)が盛んになると、この定家仮名遣いは批判され、歴史的な「古典仮名遣い」に改める動きが出てきます。観世流の謡のルールを改めた『明和改正謡本』などがその例です。こうした歴史的な研究の一方で、アクセント研究の話題は「駅で流れる放送が、自分のアクセントと違うのはなぜか?」といった、現代の身近な日常の中にも転がっています。これまで、アクセント史研究の仲間たちと共同で『日本語アクセント史総合資料』などを刊行しましたが、能楽や浄瑠璃の研究者、時には脳の研究者など、分野を越えた共同研究も行っています。
例外の中に真実がある。「通説」を覆す研究の醍醐味
研究のためのデータ収集は、時間も根気も必要ですが、集めたデータを分析し「ここから何を読み取れるか」を考える時間はとても楽しいものです。そして何より、一見するとルールから外れた「例外的な現象」を切り捨てることなくじっくり検討することで、「通説」と思われていることが、実はそうではない、と分かることがあり、これこそが研究の醍醐味です。1つのことを突き詰めていくと、そこにまた新たな疑問が生じ、さらに研究の世界が広がっていくところも、この学問の大きな魅力だと感じています。
受験勉強は「多様な引き出し」を作る絶好のチャンス
皆さんにとって、受験勉強はその場限りの手段のように思えるかもしれません。しかし、多様な分野の考え方を学び、幅広く物事をとらえる訓練をするのが受験勉強であり、それは、将来思わぬところで役立つ基礎学力となります。将来の研究に直接結びつくかは分からなくても、自分の中に「多様な引き出し」を作る絶好の機会だと思います。できないことや分からないことは山ほどあるはずですが、まずは臆せずにチャレンジし、アンテナを張って何にでも首を突っ込んでみてください。そこから自分の興味を深め、部活動でも何でも「一つのことを持続する経験」を積んでおけば、将来の大きな自信につながるはずです。何度でもやり直しができるのが学生時代の特権です。基礎的な積み重ねは必ず皆さんの糧になりますから、努力を惜しまず、自分磨きだと思って何事にも取り組んでほしいと願っています。
坂本先生からのメッセージ
人生100年時代、皆さんの学びは大学を卒業した後もずっと続いていきます。だからこそ、卒業後も人生にずっと伴走してくれるような大学を、皆さんの「母校」として選んでほしいと思います。また、女子学生の皆さんには、ぜひ「女子大学」への進学も視野に入れていただきたいです。女性が何のバリアも感じることなく自身の力を存分に発揮し、リーダーシップを自然に培うことができるのが女子大学の素晴らしいところです。女性だけの環境に4年間身を委ねることは、将来社会に出たときの揺るぎない自信につながることでしょう。









