伝統芸能も、かつては流行最先端のエンタメだった!
「能」から紐解く、室町時代の豊かな文化圏

日本女子大学 文学部 日本語日本文学科 教授
石井 倫子 先生


室町人はどんな演出に熱狂したのか

私の専門は日本中世文学です。中でも、近年漫画・アニメなどでブームになっている「能・狂言」を研究しています。能は、現代でこそ「伝統芸能」と言われ、なんだか敷居が高いものだと思われがちですが、当時は最先端の「エンターテインメント」でした。能の開祖である観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)親子も、私が研究している能役者の金春禅鳳(こんぱるぜんぽう)も、自分が演じるだけでなく、台本を書き、劇団(座)を運営する立場で、現代で言えば、野田秀樹氏や宮藤官九郎氏のようなマルチなヒットメーカーだったのです。
能で食べていくためには、当然、観客の好みや時代の流行を意識しなければなりません。彼らは、自分の芸術的理想とパトロン(将軍などの権力者や一般の観客)のニーズとの狭間で、落とし所を探りながら作品を作っていました。作品や伝書を読み解いていくと、作風だけでなく、「室町時代の人々はどんな演出に熱狂したのか」という生々しいエンタメの歴史が見えてきます。何百年も前の人間が、現代の私たちと同じようにビジネスと芸術の間で悩み、流行を作っていた。その血の通ったドラマに触れられることこそが、この研究の最大の魅力です。

ふらりと能楽堂に足を運んだことが「沼落ち」の始まり

研究を始めるきっかけとなったのは大学2年生の時。授業で世阿弥の能楽論を読んだことから少し興味が湧き、ふらりと近所の能楽堂へ足を運び、〈鵜飼〉という演目を観たことです。これが、言葉を失うほどのカルチャーショックでした。殺生禁断の川で漁をして殺された老人が、旅の僧に供養されて成仏する物語なのですが、老人の亡霊から放たれる「ただ者ではない」オーラに一瞬で目を奪われました。暗がりに妖しく輝くかがり火と、水底が明るく照らされる中で次々と魚を喰う鵜のリアリティ。老人が殺生の罪を忘れて鵜飼の面白さに興じていく姿に、何もわからないながらも「これはすごいものに出会ってしまった」と圧倒されたのです。これがいわゆる「沼落ち」の始まりでした。その日のうちに入門書を買い、能楽堂や古書店に通い詰める日々に。そんな時、ゼミの先生に「卒論を能で書かないか」と口説かれます。初めは「卒論を書くという名目があれば堂々と能楽堂に通える!」という安易な動機でしたが、勉強を続けるうちに、もっと学びたいと大学院への進学を決意。様々な作品や伝書を読む中で、金春禅鳳という魅力的な能役者に出会い、現在に至ります。

「将来何の役に立つのか」という問いを超えて

世阿弥の曾孫世代にあたる金春禅鳳の時代には、能を趣味とする「素人弟子」が誕生していました。彼がそういった弟子たちに残した芸論には連歌や茶、花といった当時の最新カルチャーが多く引用されており、そこから室町時代の豊かな文化圏そのものを紐解くことができます。
学問のきっかけは、私自身もそうでしたが、どんなに小さくても、あるいは不純でも構いません。大切なのは直感に正直にのめり込み、自分の「知りたい!」というアンテナを信じてフットワーク軽く動けること。これが大学で最も伸びる学生の共通点であり、人文学を学ぶ上で最も必要とされる資質です。時に「将来何の役に立つのか」という疑問に直面することもあるかもしれませんが、テキストと粘り強く向き合い読み解き、自ら問いを立て、分析・考察するプロセスは、不確実な社会を生き抜く汎用的な思考力に直結します。一見役に立たないと思われるものの中にこそ、人間の本質はあるものです。知的好奇心にあふれた皆さんと出会えることを楽しみにしています。

基礎知識がある人ほど古典のリアルな面白さを味わえる

大学では、高校までの「用意された正解を覚える」から「自ら誰も答えを知らない問いを立てる」学びへと変化します。しかし、高校での地道な基礎学習は決して無駄ではありません。例えば大学の授業で『平家物語』などを深く分析する際、高校で学ぶ古典文法や単語の知識が、作品の解像度を上げる「レンズ」になります。知識という土台がある人ほど、古典のリアルな面白さに気づき、知的な興奮を深く味わうことができるのです。また、受験勉強の合間でかまいませんので、好きな本や映画について「なぜ好きなのか」を言語化する習慣をお勧めします。SNSの短い言葉で終わらせず、自分の感情と丁寧に向き合うことがテキストを深く読み解く力に繋がります。
タイパが重視される時代だからこそ、あえて分厚い本を読んだり舞台を観たりする「非効率」な時間もたっぷり味わってほしいと思います。一見遠回りに見えることに面白がって取り組める人ほど、大学の学びを楽しめます。その経験は、深い思索を支える一生のスタミナになるはずです。

石井先生からのメッセージ

大学は、自分が本当に好きなことを、同じ熱量を持つ仲間や教員と徹底的に語り合える、本当に自由でエキサイティングな場所です。どうか目先の点数や判定だけに振り回されず、その先にある「まだ見ぬ面白いもの」に出会う未来の自分をワクワクしながら想像して、この時期を乗り切ってください。みなさんとキャンパスでお目にかかれる日を、心から楽しみにしています。

(取材日:2026年6月)

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