「若者ことば」も100年後は古語!?
――時代とともに姿を変える、日本語の歴史を探る
名古屋大学 大学院人文学研究科 教授
宮地 朝子 先生
背景を考えながら、日本語の変化の仕組みを探る
私は、日本語の歴史、特に文法の歴史を研究しています。言葉とは、話す者がいる限りどうしても変化していくものですが、人々は混乱なく使い続けられています。とても不思議なことですが、きっと非常にうまくできた「システム」の変化なのだと思います。
日本語史の研究では、『万葉集』『源氏物語』といった古典作品をはじめ、狂言の台本、キリシタン資料、江戸時代の小説、近代の新聞や雑誌、落語の速記本など、さまざまな資料を使います。現代でも、文章の種類や読者に合わせて言葉は使い分けられています。それと同じように、歴史的資料を扱うときも、「どの時代に、誰に向けて書かれたものか」という背景を考えながら、日本語がどのように変化してきたかを探っています。
着目するのは、日本語の枠組みを支える「助詞」
私が研究対象として着目しているのは「助詞」です。「“てにをは”を整える」という表現があるように、助詞は日本語の骨組みを支える大切な存在です。「は」や「も」のように古くから使われるものもあれば、「しか」「だけ」のような、後から使われるようになった “新参”の助詞もあり、「こそ」のように昔と今で使い方が変わった助詞もあります。なかでも私は、もともと助詞ではなかった言葉が、どのように助詞として使われるようになり、その後どう意味や使い方が変化したかを探っています。
例えば、「だけ」という限定を意味する助詞は、「丈(たけ)の長いスカート」などで使う「丈」という名詞から生まれた言葉です。「丈」自体は平安時代からある言葉ですが、今の「だけ」のような使い方が確立したのは20世紀初め頃で、実はそれほど古くありません。このように、現代で私たちが当たり前に使っている言葉にも意外な歴史があります。こうした変化の過程を明らかにすることが、私の研究の中心です。
偶然の巡り合わせから見つけた、母語を見つめ直す面白さ
私はもともと本や言葉が好きで、転勤族の家庭に育ち各地の方言に触れたことが、日本語の多様性に関心を持つきっかけになりました。大学では国語教員や日本語教師になることを視野に入れていましたが、卒業論文が現在の道に進む大きな転機となりました。「〜しか…ない」という文の成り立ちをテーマにした際、指導教員から「歴史的にいつからあるのか」と問われたのです。調べるうちに、地域の方言によっては「ほか」などが「しか」と同じように使われていることがわかり、方言も手がかりにして言葉の歴史を探る「文法史」の面白さにすっかり魅了されました。子どもの頃の転校経験や先生の一言といった偶然の巡り合わせで進んだ道ですが、普段「あって当たり前」だと思っている母語を、あえて客観的に見つめ直すことは非常に面白い「知的な営み」であり、そこに研究の大きな魅力を感じています。
未来の日本語の姿を想像するわくわく感
研究の対象は、古い文献だけではありません。日常生活で見聞きする日本語や、自分自身が使っている日本語も、変化のまっただ中にあり、新しい謎や不思議の発見には事欠きません。「新用法」とか「若者語」とか言われる表現が、100年後にどうなっているかなど、想像するだけでわくわくします。日本語史の長い年表の中で、21世紀初頭にいる自分を想像することがあります。研究の歴史もまた、長く大きな蓄積があります。何百年か後に、私の研究が「『だけ』と『しか』の違いが興味深く研究されていた頃の成果」などと歴史の一部として位置づけられるかもしれないと考えると、とても感慨深く感じます。
「当たり前」を疑い、思考を楽しむ
私たちは、日常の「当たり前」に潜む矛盾や不規則に気づき、考えることを楽しめる学生の入学をお待ちしています。世界の仕組みは、規則や必然だけでなく、不規則や偶然の巡り合わせや絶妙なバランスで成り立っており、違和感の理由を考え始めた瞬間、すでに学問の世界に足を踏み入れています。そうした気質を持つ人生は、豊かで楽しいものです。
すべての経験が繋がり、回り道も財産に
高校時代は、勉強でも部活でも趣味でも、巡り合った目の前のものに思い切り取り組んでください。途中で方向転換し、新しいことに挑戦するのも決して悪いことではなく、それも大切な経験です。すべての経験や一見無関係な学びも必ず今後の糧になります。私自身、苦手だった数学の論理的思考や場合分けの考え方が今の言語学に不可欠ですし、先生や友人の言葉、方言で悩んだほろ苦い経験も、日本語研究者の自分にとって大きな財産となっています。自分で選びとった道を、自信を持って大切にしてください。
宮地先生からのメッセージ
大学は、専門外の授業から課外活動、趣味やアルバイトまで、時間の使い方を自由に選び、関心を広げられる環境です。思う存分楽しみましょう!自由ゆえに選択に迷うこともあるでしょうが、20歳前後の半年や1年は、後になれば「誤差」にすぎません。寄り道で人と違う糧が得られるなら、時間がかかっても気にせず進んでください。社会人になると自分の学びに没頭できる時間は限られます。学生時代は好きなことを思い切り学んでください。大学は常に開かれています。「今」の挑戦を大切に、自分のペースで歩んでいきましょう!
名古屋大学 大学院人文学研究科
https://www.hum.nagoya-u.ac.jp/
宮地 朝子先生の研究室
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