史料から紐解く、激動の幕末
〜幕府の政策に絡み合った地域社会の民意〜

関西大学 文学部 教授
高久 智広 先生


新たな2つの施策、「海防」と「開港」
そのとき民衆はどう動いたか

私は現在、幕末期に幕府が展開した「海防(外国船の軍事的脅威から国土を守ること)」と「開港(外国と親しく交際し通商すること)」の政策と、地域社会との関係性を研究しています。
この一見矛盾する二つの政策が並行して進められたのが、私の研究フィールドである兵庫(神戸)を中心とする大阪湾岸地域です。日米修好通商条約で開港場の一つに兵庫が定められ、のちに「神戸開港」として実現したのは、みなさんご存知の通りです。これまでの研究から、同じような施策でも、国内外の状況により政治的意図は大きく変動することが分かってきました。ただし、幕府の政治的側面だけを追っていては見落としが生じます。なぜなら、江戸時代といえども、政治を行う上で民意や世論を無視することはできなかったからです。しかも、地域社会は決して一枚岩ではありません。都市には、町政に携わり幕府と密接に関わる有力町人もいれば、賃労働でその日暮らしをする下層民もいました。さらに幕末期には、軍事や外交の新たな施策にチャンスを求め、各地から様々な人が集まったことで、民意は一層複雑化しました。江戸時代といえども、そうした民意を無視した政治はできません。そのため私は史料を丹念に読み解き、地域社会や民衆の動向も含めて、多様な側面から歴史を総合的に検討しています。

軍事施設「台場」の史料が教えてくれたこと

このテーマに取り組むきっかけとなったのは、幕府が築いた大砲を備える軍事施設「台場」に関する史料群との出会いでした。私が分析した大阪湾岸の大規模な台場群の帳簿類や設計図面には、構造や工法だけでなく、投入された資金や労働力、資材の調達先や労働環境など、極めて豊富な情報が含まれていました。そこから、幕府がいかに大きな威信をかけていたか、また地域社会がどう関与していたのかを具体的に読み取ることができました。この経験が、海防政策と地域社会の関係性に対する関心を深め、現在の研究へとつながっています。
また、この研究成果は、国指定史跡「和田岬砲台」の修理事業でも参照されました。現地見学会や講演会、シンポジウムなど、文化財の意義を広く伝える取り組みも併せて行われ、歴史的価値が広く共有されたことが、後にこの史料群が市の指定有形文化財となる背景になったと感じています。

研究成果を社会へ還元し、歴史を地域と共有する

私の研究者としての姿勢を方向付けているのは、かつて地域博物館の学芸員として働いていた頃、当時の上司から言われた「収集した史料は調査・研究し、その歴史的価値を市民に還元することが我々の責務だ」という言葉です。以来、私は「調査・研究」と「成果の発信」を一体のものとして取り組んできました。歴史を過去の出来事として切り離すのではなく、現代社会との結びつきや、地域のアイデンティティとして守り、未来へ伝える意味を考え、地域の人々と共有することを重視しています。
大学に籍を移した現在も、この「研究成果を社会に還元する意義」を学生たちに伝えています。例えば、地域団体や自治体と連携し、古民家に伝わる古文書の整理・調査を学生たちと共に進めています。その成果を地域イベントや展示で発信する際、観覧者の方から「当時はこんなこともあったんやで」と教わることもあります。地域の方々と双方向で歴史を共有できることが、この研究の大きな楽しみであり、やりがいでもあります。

基礎知識があってこそ、常識が覆る面白さに気づける

私のもう一つの研究テーマに、「大坂の非人組織」があります。研究のきっかけは、関連する史料集の刊行に携わったことでした。高校の日本史では「江戸時代は武士が支配階級として政治を担った」と学びます。当初、私もこの理解に基づき、非人組織の営みを武士の政治とは別の領域のものと捉えていました。しかし、記録を読み進めると、江戸中期、彼らは大坂町奉行所のもとで広域的な犯罪捜査や諜報活動に従事し、19世紀には、彼らによって組織的に集められた情報を、幕府要職が政治判断を下す重要な材料にしていたことが分かりました。これは従来のイメージを大きく覆す事実であり、江戸時代の支配構造を考え直すきっかけになりました。この経験から、既存の知識や思い込みをいったん脇に置き、史料そのものに向き合う姿勢の重要性を実感しました。同時に、そうした気づきは「前提となる基礎知識」があってこそ得られることにも思い至りました。高校までの学習内容は、大学での学びを深める基礎であり、様々な思考をめぐらす際の極めて重要な指標になるのです。

高久先生からのメッセージ

AIが多くの情報を与えてくれる時代だからこそ、それを鵜呑みにせず、自分の頭で問いを立てて深める力が求められます。大学での学びは知識量を競うものではありません。自ら関心を広げ、観察し、疑問を持ち、調べ、考える姿勢を持った、主体的な探究心のある学生に入学してほしいと考えています。
大学受験は長く険しい道のりに感じるかもしれませんが、真摯に取り組むことで知識だけでなく、粘り強さや計画力、客観的な判断力が培われます。また、些細なことでも構わないので勉強以外に興味を持てることを見つけてみてください。適度な息抜きは受験勉強の効率を高め、大学での視野を広げることにもつながります。一歩ずつ積み重ねれば必ず前に進めますので、自分を信じて頑張ってください。

(取材日:2026年7月)

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