私たちの日常の「あたりまえ」を歴史化する

成城大学 文芸学部 文化史学科 准教授
及川 祥平 先生


私たちの「日常」はどうやって
「あたりまえ」になったのか?

私は民俗学が専門で、とりわけ「現在を史学する」というスタンスで研究に取り組んでいます。平凡でありふれた生活者である「私たち」の生き方・暮らし方を考えています。
私の関心は大きくふたつの系統に分けられます。ひとつは、私たちは「過去」や「歴史」とどのような関係を取り結んできたのか、という関心です。例えば、歴史上の偉人の扱われ方という問題を、『偉人崇拝の民俗学』(及川祥平、2017年、勉誠社)という書籍の中で考えています。戦国武将などの過去の人物の情報、つまり社会的な「記憶」は、時代の文脈(「世相」)やそれを想起する人の立場に応じて変化します。この書籍では、過去の人物がどのような人物であったのか(「過去」や「歴史」自体の研究)ではなく、後世においてどう語られ、どう変化して「偉人」と見なされるようになり、現在につながっているのかを明らかにしました。
もうひとつの関心は、「私たち」の「日常」のあり方を歴史的に解き明かしたい、というものです。現在の民俗学は伝統的・地方的な文化だけでなく、私や皆さんにとって身近な生活事実を考えようとする傾向が強まっています。私はこの、私たちが「あたりまえ」だと思っているものが、どのように「あたりまえ」になったのか、その脈絡を明らかにすることに力を入れています。

『ゲゲゲの鬼太郎』をきっかけに民俗学へ
自分の暮らしを歴史化したい

民俗学に関心をもったそもそものきっかけは、『ゲゲゲの鬼太郎』に触れたことです。そのため、幼いころから妖怪や幽霊、各地の不思議な言い伝えや説話が好きでした。いろいろな本を読むなかで、中学生のときに民俗学の学術書を好んで読むようになり、大学では民俗学を学ぼうと決意しました。研究者になるために大学院に進学すると、民俗学の根幹とはなにかということを、自分なりに切実に考えるようになるわけですが、それは“とるにたらない平凡な存在としての「自己」の、どうということもない日々の暮らしを歴史化すること(=史学すること)”だと思うようになりました。先ほどの『偉人崇拝の民俗学』では、実は裏テーマのように「歴史好きである自分」がなぜ、どのようにして、そのようにあり得ているのかを考えようとしています。『心霊スポット考』(及川祥平、2023年、アーツアンドクラフツ)という書籍も同じです。これは「怪談好きである自分」が、どうして、またどのように、そのような自分であるかを考えようとした研究であると言い換えられるでしょう。

「ありふれたこと」の研究は
発見に満ちたエキサイティングな作業

「現在を史学する」民俗学には、私たちの足もとにある「日常」の成り立ちがわかる点に面白さ・やりがいがあります。「あたりまえなこと」や「ありふれたこと」「くだらないこと」は、なにしろ「あたりまえ」なので、普段は気づきづらいことが多いです。その意味で、民俗学の研究は日々を発見に満ちたものに変えてくれます。
一方、これらには、学術的によくわかっていない部分が大変多くあります。例えば心霊スポットという言葉が果たしていつから存在するのか、恐らく3、40年前からですが、定かにはわからないわけです。私たちの生活や人生のほとんどは「あたりまえなこと」や「ありふれたこと」「くだらないこと」で構成されているにもかかわらず、それらはインターネットやSNSが発達しても記録にも記憶にも残りづらい。生活者としては身近だけど、よくわからないことに世界は満ちています。それを研究者として掴み取ろうとすることは、未知の大陸を少しずつ探索していくようにエキサイティングな作業です。
これらを研究していくと、「あたりまえ」だと思っていたことが、実はそうではないことに気づきます。日々の中で、私はどうしてそのように考え、感じ、行動してしまうのかも見えてきます。それは私のパーソナリティの問題だけではなく、私を拘束している社会や文化、それらが経過してきたこれまでの「いきさつ」に起因しています。これらを考えることは、私を少し自由にしてくれる面もありますし、よりよく生きる手がかりを与えてもくれるでしょう。そんな楽しさを私は感じています。

及川先生からのメッセージ

大学の4年間は「知りたい」「考えたい」「明らかにしたい」という欲望に、人生でもっとも正直でいて良い時間で、それをサポートする体制にもっともめぐまれる時間です。だからこそ、少しでも面白そうだと思える学問分野があるなら、その興味関心を大切にしてほしいと思います。もしも興味がある大学や学部があるなら、そこにいる教員がどういう研究者なのか、情報を集めてみてください。
一方、なにを学びたいかわからない、という方もいると思います。大学時代はそれを全力で模索すべき時期です。大学の教員は、自分の研究分野が面白くて仕方のない人たちです。そんな先生たちが皆さんを面白がらせるために(そしてあわよくば、仲間にするために)あの手この手で講義をするのが大学です。そういう人たちの言葉に耳を傾けていると、拓けてくる興味や見えてくる生き方があるかもしれません。大学は教員という「人」が学生という「人」を育てる場所です。「この先生の研究、面白そう」という方がいるなら、その人のもとで学ぶための進学を考えてみても良いと思います。

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