脊椎動物の「脳」の基本構造は
5億年以上前に成立していた!

兵庫医科大学 医学部 医学科 准教授
菅原 文昭 先生


ヤツメウナギの発生過程から
人の脳や感覚器の進化を明らかに

私の専門は「進化発生学」です。これは脊椎動物の進化を、発生過程の比較を通じて明らかにしようとする学問です。私は特に、ヒトがもつ複雑な脳や、眼や鼻、耳といった感覚器がどのように進化してきたかについて興味があります。これらの器官の進化を明らかにするため、いま生きている脊椎動物の中で私たち人間と最も古くに枝分かれした、ヤツメウナギとヌタウナギという動物の発生過程を調べ、それを他の脊椎動物の発生と比較することで進化の道筋を推定する、という手法を使っています。ヤツメウナギやヌタウナギは「ウナギ」と呼ばれていますが、かば焼きで食べる「鰻」とはまったく異なる動物です。例えば、彼らの口にはアゴがありません。これは、われわれがアゴを獲得する以前に彼らが分岐して現在に至るからです。
これまで得られた成果としては、ヤツメウナギの大脳の発生過程で様々な遺伝子が働く領域を解析し、これまではヤツメウナギにはないとされていた、我々と同じような大脳の部位を持っていることが明らかになり、これらの部位の進化的起源が5億年以上前にさかのぼることを明らかにしました(Sugahara et al., 2016, Nature)。また、耳の中にある三半規管がどのような変遷を経て進化してきたかについて、共同研究者として関わった論文が発表されています(Higuchi et al., 2019 Nature)。もちろんこれらの研究は私一人で行ったものではなく、多くの研究仲間の協力によってなされたものです。現在は平衡感覚に重要な小脳が、どのような進化の過程をたどったのかを明らかにしたいと思い、取り組んでいます。

人類で自分しか知らない事実を
つきとめた瞬間の身震いは忘れない

私は高校の生物教師であった父に、小さい頃から博物館や昆虫採集に連れて行ってもらっていたのがきっかけで、生物に興味を持つようになりました。大学の理学部生物学科に入った当時は、研究者ではなく、父のような高等学校の教員になろうと考えていましたし、実際、大学院の修士課程を修了後、兵庫県の私立学校の教師になりました。しかし、大学院で教えを受けた教授や先輩と一緒に過ごした研究生活の楽しさが忘れられず、7年間働いた教師を辞め、博士課程に入りなおして研究を再開しました。私が最初に研究で感動したのは、24歳で修士論文の締め切り直前に、最後の、しかも最重要な実験結果が出たときです。その当時、私は中途半端な結果しか持っていませんでしたが、その結果のみで論文を執筆するのがどうしても納得できず、論文の執筆を放棄して粘りに粘って実験を続けていました。そして論文提出1週間前の深夜、調べていた遺伝子が働く部位を染色することに成功したヤツメウナギの稚魚を顕微鏡で観察したとき、「この事実は今の段階では人類で僕しか知らないのだ」と感じ、身震いがしたのを覚えています。

医学の究極の目的は
人間を科学的に理解すること

現在でもそうですが、私の研究活動で得られる結果のほとんどは、取るに足らない小さな発見がほとんどです。しかし、それらの多くは、それを知った瞬間は人類の中で自分だけが知るものです。この喜びは私にとって非常に大きなものですし、この結果を世界に共有し、人類がもつ知識という財産に少しでも貢献したいというのが私の研究のモチベーションです。医学部をめざす受験生の皆さんの中には「進化を知ったところで、医学の役に立つのか」と思う人もいるかもしれません。しかし、私は「役に立つ」という段階はたくさんあると思っています。患者さんの治療に直接的に役立つ臨床研究もあれば、その病気のしくみを理解するための基礎研究もあります。そのための前段階として、人間の正常な状態を知る研究も大切です。このように、広く考えると、医学の究極の目的は「人間を科学的に理解する」ことにあるといえます。私の行っている研究はここに貢献しうると考えています。

菅原先生からのメッセージ

高校の教員をしていた経験からも言えますが、日本の中高教育は、生徒に同質の内容を身に着けさせるのは得意ですが、個性を伸ばすのが苦手です。そのような中で自分を伸ばしていくには、小さな興味や「好き」という感情を大切に育て、行動に移すことだと思います。「行動」とは、本を買って読むでもいいですし、博物館に行く、でもいいです。少しでも自分の核となる興味を見つけて、それを育てていってほしいと思います。

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