遺物に残された「色」から解き明かす、驚くべき古代人の技術 「世界最古」の発見も生んだ考古学の挑戦
歴史の資料集で見かける、色鮮やかな壁画や工芸品。皆さんは、それらがどのように着色されたものか、考えたことはありますか。実は、遺物に残された「色」には、驚くべき技術が隠されているのです。今回は、「色」を手がかりに歴史の謎に迫る、谷口先生にお話を伺いました。世界的な大発見に出会える、考古学の魅力をお届けします。
筑波大学
人文社会系 教授
谷口 陽子 先生
古代人は、何を使い、どのように色を塗ったのか
大陸に広まる「顔料」の軌跡
――先生は考古学がご専門だそうですが、どのような研究をされているのでしょうか?
ユーラシア大陸の東西、主にシルクロードなどで使われていた顔料や、絵を描く技術、壁画について研究しています。
――「顔料」というのは、絵の具やインクの色素となる、あの「顔料」でしょうか?
そうです。今は古代に使われていた顔料や、色を塗る技術が、それぞれの地域にどのように伝わり、どう変化していったのかを調べています。
――「古代」と聞くと幅広いですが、特に注目されている時代はありますか?
仏教などの思想や政治が大きく動いていた7世紀を中心に、地中海から中央アジア、東アジア、そして日本まで、広い視野でつなげて考えています。
共同研究で科学的に明かす
「色の素」と、それを生み出す技術
――具体的には、どのような方法で、顔料や技術の変化を調べるのでしょうか?
壁画や色のついた工芸品といった遺物に対して、科学的な分析を行います。そして「どんな材料でできているか」を突き止めたり、当時の作り方を実際に再現する実験を行ったりしています。
――「科学的な分析」について、ぜひ詳しく教えてください。
特殊な光を当てて撮影したり、いろいろな顕微鏡を使って観察したり、資料の断面を取り出して層構造を解析したり、X線を使って成分を分析したり、といった方法があります。
――たくさんの方法があるのですね。特殊な機器が必要な分析も多そうです。
そうですね。私の研究室だけでは難しいような、非常に精度の高い分析については、専門の研究室と協力して行っています。
――異なる分野との協力が不可欠なのですね。
はい。また、出てきたデータを正しく理解するためには、歴史はもちろん美術などの知識も欠かせません。そうした分野の専門家とも話し合いを重ね、共同研究として成果をまとめています。
長く続いた謎が解け
時には、常識が覆る
――研究において、先生が最も面白さを感じるのはどんなところでしょうか?
やはり「まだ誰も知らないこと」を自分たちの手で見つけられることです。資料から歴史のつながりが見えたり、これまでの常識がひっくり返ったりする瞬間に、たまらない面白さを感じます。
――ぜひ、これまでに先生ご自身がされた「発見」について具体例を教えてください。
例えば、バーミヤーンの7世紀半ばの壁画から「世界最古の油絵技術」を発見しました。シリアで発掘された新石器時代の青色ビーズが、マンガンを使って人工的に着色された牙の化石であったことも突き止めています。
――当時の人々が、化学反応を使って人工的に色を作り出していたということですか!?
そういうことです。他にも、7世紀の絵画や工芸品に見られる赤い透明な層が、「臙脂(えんじ)」という虫からとれる色とアルカリを混ぜて作られていたことも明らかにし、「レッドラックレジン」と名付けました。
――古代人の技術には驚かされますね。ちなみに、日本国内の発見例もあるのでしょうか?
茨城県の久慈川・那珂川の下流に分布する人物埴輪の紺色が、針葉樹と針葉樹の化石を熱して取り出した「木タール」によるものであることを発見したのも私たちです。この色は「常陸ネイビー」と名付けています。
――たくさんの例をありがとうございます。まさに、「大発見」ですね。
今までずっと謎だった問題に、いろいろな方法で粘り強く立ち向かい、答えにたどり着く。その経験を何度も味わえることが、この研究のとても大きなやりがいです。
インターン中の経験から生まれた想い
大切な文化遺産を未来へ
――そもそも、先生が考古学に興味をもたれたきっかけは、何だったのでしょうか?
子どもの頃、家の近くの遺跡から出た土器の破片に、縄文人の指紋が残っているのを見て、「自分の指紋と変わらないんだ!」と感じたことが、興味をもった原点かもしれません。
――これまで、アメリカの研究所でインターンをされた経験もあるとお聞きしました。
はい、そうです。当時の経験は、古代技術や材料の研究とあわせて取り組んでいる「保存科学」の研究にもつながっています。
――「保存科学」の研究とは、どういうものでしょうか?
大切な文化遺産を「どうすれば長く残せるか」というテーマです。インターン中に、保存修復の専門家が、私が分析の際に壊してしまった古い陶器を、わずか数週間で元通りに直してしまう見事な姿を目の当たりにしたんです。
――たったの数週間で元通り、ですか。それはすごいですね。
そこから、私も自分の研究成果を、こうやって文化財を守り、修復する役に立てたい、と強く思うようになり、「保存科学」がもう1つの研究の軸になりました。
学生の興味から生まれるユニークな実験
古代人の技術を自分の手で
――先生のもとで学ぶ学生は、どのようなテーマに取り組んでいるのでしょうか?
それぞれが自分でテーマを決めて、自由に研究を進めています。学部の実習では、古代の材料で実際に壁画を描いたり、材料の特性を考えながら陶器を修復したりします。
――面白そうですね!そこで目覚めて大学院に進学する学生もいそうです。
ええ、いますね。大学院ではさらに踏み込み、本物の文化財に対して「どの分析方法が最適か」を自分で組み立て、複数の結果を総合的に解釈する訓練をします。学生の興味から、ユニークな研究が生まれることも多いですね。
――例えば、これまでにどのような実験がありましたか?
ウシの血から「プルシアンブルー」という青色顔料を作ったり、古代のガラスのような焼き物「ファイアンス」を古代と同じ材料を使って焼いたりする実験です。一方的に答えを教えるのではなく、学生と一緒に実験方法を考え、議論しながら確かめていきます。
――とても興味深い実験ですね。学生たちの雰囲気は、どうですか?
たくましい学生が多いですね。自分で海外に飛び込んでフィールドを見つけ、現地の研究者と共同調査を始める学生がたくさんいます。言葉や文化を乗り越えて、どんどん研究を進めていく姿には感心します。
――そのような学生が育つ背景として、何か貴学ならではの環境があるのでしょうか?
筑波山から豊かな水が流れ込む霞ヶ浦で、太くて立派なレンコンが育つように、時間をかけてじっくり研究に向き合えます。そうした、学問的な粘り強さと基礎研究力を育てられる環境があるのだと思います。その時間があるからこそ、大きな蓮の花が咲くんだと思います。
――都心から少し離れた立地も、何か関係していそうな気がします。
そうですね。落ち着いて研究に没頭するにはすごく良い環境だと思いますよ。広いキャンパス内には、全く違う分野の研究者がたくさんいて、専門の壁を越えて交流しやすいことも大きな強みです。
――そうした恵まれた環境で、どのような力を身につけて欲しいと期待されますか?
ひとつは、人間とその活動に興味をもち、面白いと思ったことを深く掘り下げる「粘り強さ」ですね。それから、自分が研究しているものを周りと比べながら広い視野でとらえる力も身につけてほしいと期待しています。
常に「なぜ?」と疑問をもち
多様な経験で視野を広げよう
――先生のお話から、この分野に関心をもった高校生に、おすすめの本はありますか?
まずは、司馬遼太郎さんの歴史小説や紀行文を幅広く読んでみてください。史実とは分けて読む必要はありますが、関心を広げる良い入口になります。あとはぜひ、博物館や美術館に足を運んでほしいですね。
――施設を訪れる際のポイントはありますか?
展示を見ながら、「これは何で作られている?」「どうやって作ったのだろう?」「どうしてこれが使われたのだろう?」「どこから材料をもってきたのだろう?」「なぜ現代まで残ったんだろう?」そして、「ここに展示されていない、いまに残っていないものは何だろう?」と疑問をもち、考えてみてください。
――自分の目で「本物」を見て、考えることが大切なのですね。
インターネットで世界とつながれる時代だからこそ、自分の足で国内外を訪れ、本物を見たり現地の人と接したりする経験は貴重です。学生のうちにリュックサックひとつで旅に出て、そういう時間を作ってほしいですね。
――先生が求める学生像についてもお聞かせください。
自分で「なぜだろう?」と疑問をもち、解決方法を探せる学生です。政治、文化、歴史、科学など、さまざまなことに興味をもち、常にアンテナを張っていてほしいと思います。
――アンテナを張るために、どんなことが必要でしょうか?
本や映画、絵画、音楽など、さまざまな表現に触れ、たくさんの人と話すことです。好きなものだけではなくて、違うもの、違う背景の人たちとも触れ合うことが大事だと思います。違いを面白いな、と思って吸収し、さらに、自分が面白いと思う何かに夢中になる経験も大切にしてほしいですね。
――それは、高校生であれば、部活動などでも良いのでしょう?
部活でも趣味でも地域活動でも、何でもかまいません。そこで、自分とは違う考え方をもつ友達とたくさん話してください。そこで得た経験や人間関係は、大学での学びの視野を大きく広げてくれます。
文理の枠を超えて主体的に学び
未知の世界へ挑戦しよう
――広い視野をもった人は、さまざまな分野でご活躍されている印象があります。
私が海外で出会った理系の研究者には、歴史や美術にとても詳しい人が多かったです。「文系だから」「理系だから」と自分の枠を狭めず、どの教科も大切にしてほしいと思います。
――先生の研究分野でも、科学的な分析など理系の知識が必要になりますよね。
高校で学んだ「化学」の知識が、今の研究にすごく役立っています。受験勉強で身につけた基礎知識は、将来、異なる分野を結びつけるための「共通の言葉」になりますよ。
――もちろん、歴史の勉強は不可欠ですよね。
はい。歴史を読み解く力は欠かせません。世界史と日本史の両方を学んでおくと、物事を比べたり、長い時間の流れで考えたりするのにとても役立ちますよ。
――効果的に学ぶためのアドバイスはありますか?
他者とたくさん語り合うことです。1人で暗記するより、誰かに説明したり違う視点から質問されたりする方が、理解が深まり、学ぶ意欲も続くからです。
――それは、先生ご自身の経験により、実感されたものでしょうか?
そうですね。学生時代は研究室で仲間と議論する機会がたくさんありましたし、学生寮でも専門の異なる同級生たちと毎晩のように熱く語り合いました。それが今の研究の基礎にもなっています。
――受験勉強への向き合い方として大事なことはありますか?
「親に言われたから」「みんなが塾に行っているから」という受け身な姿勢では、長続きしないものです。ぜひ「自分が面白いと思うこと」「自分が知りたいこと」のために勉強してほしいと思います。
――最後に、受験生へ応援メッセージをお願いします。
世の中には、まだ分かっていないことが山のようにあり、皆さんの世代が解き明かせる課題がたくさん残されています。それを研究するための基礎体力を受験勉強で身につけてほしいと思います。ただし、勉強以外のすべてを犠牲にする必要はありません。支えてくれる周りの人たちへの感謝を忘れずに、今しかない高校生活そのものを大切にしてください。
遺物に残されたわずかな「色」から、何千年も前の人々の知恵や技術が蘇る。考古学は、文系・理系という枠組みにとらわれず、あらゆる知識を結集して未知の歴史を塗り替えていくダイナミックな学問です。世の中には、まだ誰も解き明かしていない謎が数多く眠っています。皆さんも「なぜ?」という素朴な疑問を大切に、広い視野をもって自分だけの面白い世界を探求してみてください。 (取材日:2026年9月)









